人間は性格に囚われるロボットのよう?性格からの解放

私たちは基本的に他人から、

説教や忠告、批判など耳障りの
悪いことは聞きたくない、

お世辞、褒められる、など
耳障りの良いことだけ聞きたい。

そうした性質がありますね。

だからこそ、

性格判断や性格パターンなど

そのタイプの特徴の良い面を強調し
全面に押し出そうとします。

「〇〇タイプは優しい」
「〇〇タイプはこんな仕事がうまくいく」

特にマーケティングに乗った
情報発信をする場合なおさらです。

耳に痛い話は聞きたくないですから。

でも…

本来、性格は「囚われ」なのです。

「全体」の中の「一部」に
固執した結果の性質なのです。

だからあなたの人生で助けになることもあれば
あなたの人生の足を引っ張るものでもあるのです。

一部である以上、必ず盲点が生まれ、
メリットだけでなくデメリットもあります。

ここを認めて受け入れない限り、
性格心理学は本当の意味では
使いこなせないのです。

部分のままだから問題が起こり、
部分だからこそ他の部分をジャッジするのです

性格は囚われだから、そこからの
解放こそが本来は目指すところなのです。

そのために!

まずは知ることです。

知ることからスタートなのです。

自分の性格タイプを知り、
そのダイナミックな働きを理解することが、

無意識や囚われのパターン、自らの傷と
その埋め合わせの実態に取り組み、

最終的には癒しや心の進化、成長を
可能にする上で特に効果的です。

エニアグラムは、

私たちが性格によってどこで
最も「つまづくか」を
示してくれます。

そしてどんなことが可能なのか。

昔ながらの自動的反応や行動の多くが、
いかに自滅的で不要なものかを
浮き彫りにしてくれます。

自分が性格そのものである
(「私はタイプ1だから」など)
と思っているときは、

非常に限られた対応策しか持たず、
常に同じトラップに引っかかり、

やがて周りに責任をなすりつけるのです。

自分が本来持っているものの
ごく僅かしか使っていないからです。

それはまるで、

せっかく豪邸に住んでいるのに、
いつも地下の小さな暗い戸棚に
閉じこもっているようなものです。

私たちの大半は、

その邸宅には他の空間が存在
することを忘れてしまっています。

さらにその豪邸の持ち主が自分自身
であることも忘れてしまっているのです。

古今東西のスピリチュアルリーダーたち
例えば、ブッダやキリストも

共通して指摘するのが

「目覚めなさい!」

というメッセージではないでしょうか。

私たちは、自分自身や自分の生き方を忘れ、
眠りこけてしまっているのです。

1日の大半を、さまざまな考えや不安、
心配、イメージが占めた状態で活動していますが、

それは決まったパターン、囚われからくるもの
ということに気づいていません。

一部の囚われに閉じこもり、
全体の自由を忘れています。

まるで我々はロボットのように
性格構造に操られていると言っても
過言ではありません。

本来の自分は眠っていえうのです。

しかし自分自身の内面と向き合い
真摯に自分自身と取り組み始めるにつれ、

性格心理学のパターンを知る事で、

自分の性格構造ゆえの関心ごとや特徴によって
「今、ここ」の瞬間から注意がそれることが
見えるようになります。

また、実際に人生の多くを夢遊病のように
過ごしていることもわかります。

そして、

簡単なことではありませんが、

本来の自分を少しずつ取り戻し
目覚めの体験ができるでしょう。

あなたは単なる性格ではなかったと。

人間はロボットのように
性格に囚われて生きている…

このような観点は常識に反するものです。

誰もが自分自身に対して、

「私は自己決定能力があり、
人生の歩み道、選択の決定権は自分にある。

それを自覚していて、
うまくコントロールしている」

と感じていることでしょう。

エニアグラムなど優れた性格心理学は、

こうした常識的な感覚を侮辱していると
感じることも多いでしょう。

ロボットと言われ素直に認めるのは難しいでしょう。

でも、少しだけ心を開き、
これを受け入れてみてほしいのです。

そして、

同時に言えることは、性格は
「悪いもの」ではないのです。

自分の人生を支配し、問題を起こし、
他人と摩擦を起こし、不幸にするもの

それが性格である。

というのも一面の見方ですが、

それは同時に成長の重要な一部であり、
私たちの本質が磨かれていく上で必要なものです。

問題になるのは、

自分の性格に縛られ、拘束され、囚われ続ける。

そして次の段階にどう進んで良いかわからず、
ボックスに閉じこもり続ける。

成長をせず、現状維持を続けながら
人生が徐々に衰退してしまうことです。

これは私たち自身に本来、
欠陥があるからではなく、

性格形成期にそれ以上のことが
可能であると気付く人が周りにほとんど
誰もいないがため起こる、
成長の阻害なのです。

性格に囚われた人間が
人間を育てる限りしょうがないことでしょう。

親や先生は、もしかしたら
私たちの本質にかすかに
気づいていたかもしれません。

でも、私たちと同じく、
実際はほとんど気づかず、

ましてや本質の表れとして生きる
ということはありませんでした。

社会的にレールに沿って生きることを
求められる世の中です。

親の教育も学校教育も性格からの
解放を目指すものではありませんでした。

でも。。

恨む必要はありません。

誰しもが性格心理学を適切に学ぶ事で
目覚めることが可能なのです。

なので、

心の成長、人生の進化を
最も可能にするエニアグラムの教えの1つ、

「自分は性格そのものではない」

と気付くことなのです。

それは自己感覚の質的変化を
体験することになります。

私たちは性格というものを持ちながら、

同時に性格を通じて自らを表現する
「スピリチュアルな存在」
であるということにも気づきます。

性格との一体化、同一化をやめ、

それを固辞、保持、防衛することをやめれば、
奇跡が起きるでしょう。

本質が自然に現れ、
私たちを変化させるのです。

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