中国の中で文盲が皆無の客家人、教育に熱心な民族の知恵

教育に力を入れる華僑。

その中でも東洋のユダヤ人
客家人は特殊な存在と言える
かもしれません。

例えば、

識字率という指標は、

その国の教育指数を算出する
ための1つの要素であり、

教育は幸福、経済成長の主要な
構成要素であると考えられています。

日本で若者の識字率は
ほぼ100パーセントになったのが
1925年頃と言われていますが、

中国大陸では1970年で約50%。

1967年から1977年までの
文化大革命の影響もあったでしょう。

が中国メディアの報道によると、

2002年の時点での
中国の文盲は8507万人。

その内90%は農村人口で、
7割は女性であるそうです。

中国の文盲人口は、
インドに続き世界二位です。

80年代90年代はさらに
成人の識字率は低く、

4人に1人は文字が読めない
と言われていました。

そんな中、

客家人は歴史上常に農民も含めて
文盲が皆無と言われています。

これは驚くべきことでしょう。

読書文化が脈々と伝わる民族

歴史上、常に圧迫され逃亡する
という経験を何百年重ねてきた、

それから身を守るために、

独自のネットワークを構築し、

そして何よりも、

無形の資産である「知恵」に
投資を続けてきたのです。

そんな文化が脈々と続く。

これが客家人の特徴なのです。

彼らのことわざに、

「読書耕田・忠臣孝子」

という言葉があるそうです。

客家では、文弱な読書人書生になるより
田を耕しつつ、学問に励むことが理想

とされており、

そして親や老人を大切にし、
愛国精神を忘れないのが
客家人の理想ということ。

田を耕すだけでもなく
本を読むだけでもない

常に高い教養を身につけ
勤勉に労働をこなし
君子の礼を忘れない

この気風が客家人を単なる
農民として終わらせず

「時が来たなら」

という気概を彼らにもたらせ
続けたのでしょう。

アジアで名を残す華人政治家

鄧小平、孫文、李登輝、李光耀

などを生み出した背景なのでしょう。

科挙の合格者が突出する民族

また中国には科挙と呼ばれる、
官僚になるための試験がありました。

587年隋の文帝の頃から始まり、
清末期の1905年まで1300年もの
長い間存在した官史任用制度です。

中でも「進士」は皇帝自ら試験を
行う最難関の科挙の合格者

その合格倍率は3000倍とも
言われる超狭き門。

(日本の司法試験で約30倍)

毎年若干名の合格者しかおらず、
全国で10指に入る秀才の中の秀才
のみ選ばれるわけです。

当時の人口統計では
1%に満たない客家人

ところが客家人の進士の合格者は
全体の8%のにも及んだそうです。

人口比率からすれば8倍もの
驚異的に高い合格率を保っていました。

しかも客家語を使う彼らにとって
北京官語(マンダリン)で試験を受ける
というハードルを乗り越えての事です。

多くの著名人を出す客家

また学者として、多くの著名人を
客家人から輩出しています。

朱子学の祖、朱子(朱熹)。

また朱子学を発展させた
陽明学の王陽明

水戸学思想の祖、日本へ招聘された
朱舜水

宋代に地誌や歴史書を残した
余靖、李世態、謝啓昆、呉蘭修など

廖文英の『正字通』
温定瀾の『韻学経緯』
余効班の『語声表』

は言語学での著名学者でしょう。

天文学数学の世界では
巫三祝の『治天文学』

呉蘭修の『朔閏表』
『算法統宗』『方程正負式』

文学の世界では、

宋湘の『自家曲子』
黄遵憲の『我手写口』
胡㬢の『鶯花梅』

などなど

客家という元々は山奥の少数民族から
これだけの文化人が出ているのです。

政治家、起業家、文化人がなぜ
客家から多く輩出されることになるのか。

つまりいかに彼らが教育に
力を入れて来た民族だったかが
分かってくるものです。

そして海外へ出る華僑も
この文化を脈々と受け継いでいます。

彼らが特に重視するのが教育なのです。

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