性格心理学の発展の歴史、医学や分類学、人相学や骨相学など

性格やパーソナリティについての
人類の興味や探求は、

心理学の歴史が始まる以前から
脈々と存在していたのです。

G・W・オルポートは、

こうした性格心理学の源流として、

文芸論的性格学、体液心理学、
相貌学(人相学)の3つをあげました。

文芸論的性格学の始祖で
歴史上最も古い性格の教えに、

植物学の分類学で有名な
古代ギリシャの哲学者テオフラストス
「人さまざま」という著書があります。

この中でテオフラストスは、
「恥知らず」「しみったれ」など、

30種類に登る性格タイプを
生き生きと描写しています。

その描写には現代を生きる
人々の中にも似たタイプを
見つけ出すことができます。

少し後の時代になり、
古代ギリシャの医学者ガレノスは、

同じく古代ギリシャの医学者
ヒポクラテスの4体液説に基づき、

どの体液が優勢かによって
性格が異なると考え、

性格を多血質、粘液質、
黒胆汁質、胆汁質に分類する
体液心理学を提唱します。

この分類は欧米の精神文化に
広く取り入れられ、

現在でも類似した分類が行われることがあります。

顔や外見から性格を推し量ろう
とする相貌学も、

アリストテレスまで遡る
伝統を守っています。

18世紀になってからは
スイスの人相学者ラファーテル
がこれを復活、発展させ、

イギリスなどではあまりの
悪用ぶりに禁止令が出るほどの
流行を見たそうです。

また19世紀に、フランスの
ミションらが筆跡から性格を
読み取ろうとする

筆跡学を発展させます。

さらに近代に大きく発展した
性格の学問は、

骨相学があります。

オーストラリアのガルは、

それまでの性格学とは異なり、
頭蓋骨の形態から推測される
脳の機能から人の精神機能や性格を
読み取ろうとします。

ガルらの骨相学自体は
現代では否定されていますが、

科学的な測定から性格を
判断しようとした方法や

脳の機能と行動を結びつけたこと、

特に脳機能の局在説を初めて
提唱したことなどが評価されています。

またイタリアのロンブローゾは
生来性犯罪人説を提唱し、

そうした行動特徴が客観的に
測定される身体的、相貌的特徴から
推測できると主張します。

ところが、こうした
古典的な性格学と心理学は、
長い間疎遠な関係にあったのです。

そもそも「心の学問」としての
心理学が現在のような姿になったのは、

1876年のヴントによる
心理学実験室の開設とされることが多いです。

ヴントの「新心理学」は、
フェヒナーの精神物理学の流れを汲んだ
自然科学的方法論の導入により、

それまで人の心を思弁的、形而上学的に
扱うことが中心であった心理学を、

自然科学がそうであるような
意味での科学とすることを目指します。

こうした新しい心理学の目標は、

主に感覚や知覚、意識や記憶
といった領域での

人間に共通する一般法則の発見でした。

ドイツの哲学者ウィンデルバントが
科学を法則定立の学と個性記述の学に
分類したことに従えば、

これらの新心理学が目指したのは
法則定立の学としての心理学の発展でした。

その一方で、性格学は
その本質からして個性記述の学であり、

法則定立の学であろうとした
心理学とは大きく異なっていたため、

初期の心理学との接点は
あまりなかったのです。

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