中国思想・古典を仕事、ビジネス、人間関係、生活に活用する


たった1つの言葉に救われる事があります。

仕事やビジネスで行き詰ったとき
前に進む勇気をもらえる事があります。

大きな壁にぶち当たり、悩み苦しみ、
もうどうしようもないと諦めていたとき、

ある言葉がパワーとなり、
その局面を打開してくれるのです。

特に先人が残してくれた
知恵を凝縮した言葉というのは、

長い年月に鍛えられ、練磨された

私たちに贈られるプレゼント

と言えるでしょう。

そんなダイヤモンドのような言葉、

名言、格言、座右の銘として
その言葉を大切にするのです。

さて、

ユダヤ人は聖書やタルムードから

華僑成功者の多くは、そうした
言葉を中国古典の中に見出します。

ここで、

このサイトでは適宜そうした中国思想、
古典の言葉を引用していきたいと思います。

こうした言葉をぜひ仕事、ビジネス
人間関係、生活に活用して欲しいです。

中国思想とはいわゆる、

春秋戦国時代に現れた学者・学派の総称。
諸子百家の書といわれるものです。

それは本当の古典ではない?

中国古典は人間学の宝庫です。

人間の営みに関する全般の知恵が記された
時代を超えて参考になるものです。

中国の古典思想の代表と言えば、

儒家、道家、墨家、法家、兵家などです。

学派別に分類すれば、

『論語』『孟子』『荀子』が”儒家”
『老子』『荘子』『列子』が”道家”
『墨子』が”墨家”、
『商君書』『韓非子』が”法家”
『孫子』『呉子』が”兵家”

すごく簡単にその思想を表せば、

「儒」によって”自分を磨く”
「道」によって”生を楽しむ”
「墨」によって”正義を貫く”
「法」によって”秩序を築く”
「兵」によって”利益を得る”

といったところでしょうか。

こうした思想が大河の地を流れ
中国人の精神世界を育み

そして東洋の思想を形作ってきました。

さてここで、

多くの人にとって古典というのは、

「昔の人が書いた優れた書物」

という意味を思っているでしょう。

もちろん私もそう思っていました。

そしてその定義で間違いはないのですが、

もう少し深く定義をすれば、

実は中国での古典というのは、
聖人が書いたり集めたりしたもの、

という事なのです。

私たちにとって孔子の論語と言えば
立派な古典という事になりますが、

孔子の時代にすでに古典に学べ
という考え方があり、

その孔子にとっての古典というは
『詩経』や『易経』という書物になるのです。

(つまり孔子はそれら古典をまとめた)

なので厳密な儒教の考え方からすれば、

『老子』や『韓非子』といった書物も
古典のうちには入らないという事になります。

が、しかし、、

それはあまりに古臭い考えでしょう。

現代の私たちにとって古典とは、

「昔の人が書いた優れた書物」

で構わないと思います。

矛盾だらけの中国思想?…

そして、

このサイトで伝えるのは、

「古典を学術的に学んでいこう!」

という趣旨のものではありません。

仕事、ビジネス、人間関係、生活に
徹底的に中国思想の知恵を活用しよう

というものです。

古典の言葉にはそのパワーがあります。

日本でも中国思想の古典として、

『論語』や『孫子』の言葉を
取り上げた本は多いです。

しかし、

それだけでは偏った視点になります。

学校のテストとは違い、人生の成功に
導く答えは1つではないのです。

このサイトでは学派的に偏らず
中国古典を広く見渡して、

様々な角度から言葉を引用するつもりです。

すると…

おのずと矛盾に満ちてくるでしょう。

しかしそこが面白いところです。

例えば、儒家の教えでは、

人間の努力と学問の重要性を説きます。

しかし道家の考え方は、

そんな努力や学問こそが人を不幸にするのだ!

と指摘するのです。

また儒家では、リーダーの人徳によって
組織を整えていくべきと説きます。

が、

法家では、人徳などには頼らず
法によって厳しく治めよと説きます。

さらに儒家では、

真心をもって上司にお仕えする者を
忠臣(ちゅうしん)と呼びます。

ところが墨家では、

上司の欠点を厳しく指弾する者こそが
真の忠臣であると説くのです。

まさに矛盾だらけ、時に言っている
ことが正反対だったりします。

しかし、

こうした多様性こそが諸子百家の魅力であり、

これが人間の本質なのです。

そして成功者ほどこうした一見矛盾する
考えを両面から受け入れ活用するのです。

思想家たちは1つの事象や局面について
同じ答えを出したわけではありません。

それぞれ信じるところに従い、
ビジョンと理想を説いたのです。

これが古代中国の思想界を
豊かにした大きな理由であり、

これから仕事、ビジネス、人間関係、
生活に大いに活用できると思います。

世の中はまさに複雑怪奇だからこそ、
考え方の引き出しは多い方が良いのです。

人間の心は不変のもの

「古典を学べ、歴史を学べ」

と言いますが、

現代社会をたくましく生き
未来を展望するうえで、

古典や歴史を学ぶのは意義があることでしょう。

古典というのは、人類の英知の結晶、
歴史は人類の葛藤の記録だからです。

先人の知恵に学ぶ事は、現代社会を
生きる上で大いに参考になります。

ただ、

古典や歴史の記録といっても
その量は膨大すぎです。。

このサイトでは学術的な単なる
知識の紹介で終わらないよう、

多忙なビジネス社会を生きる現代人に

中国古典や歴史のエッセンスとして、

毎日のビジネス、人間関係、生活に
役立つような言葉を紹介していくつもりです。

堅苦しい話はほどほどに抑えておきます。

そして心に留まる言葉があれば、
それをきっかけに中国の古典だけでなく、

古今東西の様々な古典や歴史、思想に深く
触れていくのもまた面白いことでしょう。

練磨されてきた言葉は、何とも言えない
深い味わいが出てくることでしょう。

気づけば知らずしらず人生の視界が広がり
人間に対する理解が深まっている。

古典にはそんな魅力があるのです。

現代は情報化の時代です。

インターネット、AI、ロボットに時代に

「今更そんな古いもの読んでも。。」

という気持ちもあるでしょう。

しかし科学や技術がどれだけ進んでも、

結局それを動かすのは人間です。

人間の心は古今東西、
変わらない部分があります。

その肝心の人間に対する理解を欠いたのでは、

人間関係の無駄な事で悩み、
無意味な仕事の問題に躓き、
生活に貧窮し不幸になります。

ここぞの時に一歩前に出る勇気を
失ってしまいます。

成功のチャンスを失うのです。

「人間に対する理解」

現代でも古典が参考になるのです。

古いからと言っておろそかにせず
先人の知恵をうまく活用できる人こそ、

これからの厳しい社会を
勝ち抜ける人なのでしょう。

古典の知恵があなたの言葉になるとき

雑談から真剣なビジネスミーティングまで
華僑の話には多くの「中国古典」の言葉の
引用やエピソードが出てきます。

なので中国古典を知ることで
彼らとの商談や交渉中を見ていても

「あぁ、これは孫子の兵法だ」

「おぉ、あれは荀子の言葉だったのか。
そしてこう解釈すればよいのか。。」

と思う場面があり非常に面白いです。

ただ、

良い言葉で終わるのではなく
使いこなせてこそ本当の古典の知恵です。

華僑というのは、競争の激しい中国社会で
生活に窮し故郷を離れた人たちです。

地の利のがなく、祖国での競争の厳しさを
知る彼らが勝利を収めるため指針にするのが、

4000年にわたって磨かれ洗練されてきた
先人の知識と経験の詰まった知恵

つまり中国古典なのです。

そして華僑成功者がこだわるのは、

中国思想の学術的な正しい解釈

…ではありません。

ビジネスの場で、人間関係の中で
日常の中で実践的に使うこと、

現場と時代に当てはめて使える
解釈をすることです。

人によって、状況によって、時によって、
経験を重ねる中で解釈や使い方が変わる

というのも古典の言葉の持つ
パワーであり面白さだと思います。

これから取り上げ引用する古典の言葉

その解釈もこうした考えを前提とすれば、

あなたの現実の課題や悩みの解決に役立ち、

まさにあなた自身の言葉として
育てていくことができるでしょう。

「荀子」の言葉に、

「青はこれを藍より取り手藍より青く
氷は水これをなして水より寒し」

…とあります。

「出藍の誉れ」のもとになった言葉です。

つまり、

”弟子が師匠の学識や技量を越えること”

のたとえです。

古典を学びあなたのものとし
徹底活用し、成功の武器とする

するとその言葉があなたのものになります。

実践を通じてあなた流にアレンジする
これも素晴らしいと思います。

徹底的に学び活用していきましょう!

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