ユダヤアートと見る力を育てる視覚を使い脳を発達し鍛える方法


人間の感覚器で一番大きな
役割を占めるのが「視覚」でしょう。

人間は日々「目で見て」生活の
ほとんどをしています。

もちろん、

生きるため、生存のため
必要な感覚器なのですが、

それ以上に重要な役割があります。

さて前回までの嗅覚、味覚の
感度を高める習慣が身に付いたら、

今度は頭脳を活性化するように
いかに視覚の機能を活用できるか?

ユダヤ文化を踏まえ見ていきましょう。

見る事は想像以上に非常に
エネルギーを使う行為です。

私たちは五感を通じて、
様々な情報を受け取ります。

その主たるものが視覚からなのです。

五感の中で視覚からの
情報処理だけのために

通常は、大脳活動のための
エネルギーの3分の2が費やされる

と言われています。

それほど大きなエネルギーがかかる
のが我々の「見る力」なのですが、

それがあまりに当たり前になっており、

ものを「見る」という行為に関して
私たちは日常ほとんど意識をしません。

絵画の世界で活躍するユダヤアート


だからこそ意識して

「見る事」

を日常に加えることで、
脳は活性化されるのです。

見る力、視覚を活用すると言えば

やはりアート、特に絵の世界でしょう。

しかしユダヤ文化においては、
偶像崇拝が禁止されていた事もあり、

絵画の業界で中世の時代に

彫刻や絵画アートに従事した
ユダヤ人はほとんどいません。

聖人崇拝など視覚的効果を狙った
キリスト教会絵画とは違い、

読み書きができたユダヤ人には、

自分たちの文化を絵画的に
具象する必要が無かったのだ

という意見もあります。

ここでユダヤ人はある特殊な
視覚を鍛え上げたのかもしれません。

20世紀にシャガールが出てくるまで
際立った著名な画家はいません。

ただ批評家やコレクターには
多くのユダヤ人はいます。

現代アートの世界では活躍する
ユダヤ人アーティストも多くいます。

また建築や典礼美術に関しても、

ユダヤ人のシナゴーグは
キリスト教の礼拝堂に比べ

見た目の煌びやかさはありません。

アートよりもむしろ宗教儀礼を
守る意志がそこには見られます。

さて以上がユダヤアートの
簡単な紹介なのですが、

もちろん芸術だけでなく視覚を
鍛える事は日常でもできることです。

アーティストにならなくても、
こうした感覚は高められるのです。

視覚と脳の発達の関係


とにかくここで重要なのは、

いずれにしても人は見るという
行為が大きな影響を占める事です。

そして、

見る力を育てる力という観点からみて

ここで興味深いのが、

五感というのは意識すれば
いつでもどこでも敏感にできる事です。

特に目を閉じてみると、
視覚以外の感覚が際立ちます。

目隠しをされて道路を歩くと、

にわかに耳から聞こえてくる音が増えます。

鼻から入ってくる匂いも
足下から伝わる道路の感触にも
敏感になります。

さらには額では太陽光や風を感じ、

皮膚からは日向と日陰の
微妙な温度差までも

すぐに感じるようになります。

つまり、

視覚を閉ざすと他の五感の力が上がる

という点です。

もちろん危険なので、

誰か付き添いの人とともに
安全な公園などでこの実験を
やってほしいのですが、

私たちが日頃どれほど視覚情報に
頼って生きているか、

逆に目を開いているだけで、

残りの全器官からの感覚や情報処理が
私たちはほとんど出来なくなっている

という事に気づく事が出来ます。

本物の見る力を育てる方法


そして…です。

目を開けていれば、

目に入ってくる全ての光景を情報として、
私たちがきちんと把握しているかと言えば、

実際にはそうでもないのです。

見る事が当たり前になり、
マンネリ化していると、

見えているはずのものでも
見てていない事があります。

アートの世界の達人たちは

通常には見出せないものを
そこに見ようとする力があります。

「心ここに在らざれば、見えども見えず」

ということわざがありますが、

まさにその通りですね。

以前、私自身、鍵を無くしてしまい
スペアキーを作らなければいけない時、

「家の近所に鍵屋なんて無いしな、、」

と困っていたのですが、

調べてみると、

毎日のように通う駅から自宅までの間に
何軒も鍵屋がある事が分かりました。

鍵の必要性が無い普段、毎日通う
道でも自分の意識には上がらない

という事を痛感した事があります。

つまり見る力を育てると言うのは、

ただぼーっと見るだけでは
発達しないと言う事、

注意力がどこに向けられているかで、
視覚も無効になっている場合があるのです。

視覚に意識を向ける事、

十分に精神集中して対象物を見ないと、

実際に見ていても、ほとんど
何も記憶に残らないのです。

視覚に入ってくる情報量が多すぎるために、
大脳の情報処理が追いつかないからです。

これでは脳は活性化されません。

デパートのバーゲンセールで
品定めに夢中になっていて

すりの被害に遭遇する人がいますが、

これも注意が警戒の方に
回っていない結果です。

映画はユダヤアートの代表か?


ここで絵画や彫刻だけでなく

視覚を活用する文化と言えば
映画は外せないでしょう。

映画をアートと捉えるか
エンターテイメントと捉えるか、

という議論は置いておいて、

映画の世界では、

そもそもの発端から今までユダヤ人は
極めて重要な役割を果たしています。

制作者、監督、俳優のみならず、

大勢のユダヤ人が活躍するのが
アメリカのハリウッドですが、

それ以前もユーロッパでも
ナチスの台頭までは、

多くのユダヤ人が映画産業に
参入していました。

草創期の映画というのは、
移民や無学な大衆にだけ受け入れられる
低俗な娯楽と見なされていました。

しかし時が断ち、

巨額のお金を生み出す芸術となる事
など誰も思っていなかったのです。

視覚だけでなく色々な
刺激を脳に与えるからこそ、
世界中の人々を魅了したのです。

ある意味、プロパガンダや
情報統制にも使われるわけですが、

それだけ影響力があるということ。

そこに参入したユダヤ人は
先見の明があったという事でしょう。

視覚と聴覚(稀に触覚)を
大いに刺激する映画というのは、

ユダヤ文化、ユダヤアートを
語る上で外せない分野と言えます。

視覚を使い脳を発達し鍛える方法


絵画や彫刻などアートに触れ、
映画をしっかり見るというのも、

もちろん素晴らしい行為です。

意識して視覚を使いこなす人が
アートのプロなのかもしれません。

さて、

我々も普段から脳の活性化のため
視覚を発達させ鍛える事は重要です。

そのための有益な方法の1つが、

好奇心の目でいつもの街を見る

というものです。

例えば、毎日通る通勤路でも

「今日は昨日と何が違うか?」

と疑問を持って眺めてみます。

街の風景、
レストランやビルのテナント、
通行人の服装や印象、
街路樹の花の色

など注意してみて見ると、

たくさんの情報が視覚から入ってきます。

観察力を鍛えるほど、実際に
見える世界が変わってきます。

普段その1つ1つについて特性や違いを
発見しようなどと自覚しないでしょう。

さらにその違いを記憶しようと
心がける事はあまり無いと思います。

だからこそ意識してやる事で、

頭脳活性化的な習慣を積み上げる事で、
視覚情報を正確に記憶する能力は発達し、

ひいては高度な判断力、
広い見識を培う土壌となり、

仕事や勉強でも活かされるでしょう。

そして、

実際の対象をただ観察するだけでなく、

想像し、脳の中で作り上げて「見る」
というのも視覚を鍛える方法なのです。

目で見る以外に視覚を鍛える方法


外側を見るのが「観察力」であれば
内側を見るのが「想像力」でしょうか。

どちらも磨くことが脳に重要です。

実際に目で見えるもの以外にも
脳はそこに何かを見出す機能を持ちます。

この想像力こそが人類を大きく
発展させてきた能力なのです。

偶像崇拝が禁止されてきた
ユダヤ文化において、

多くのイノベーションが生み出されたのは
この辺りに秘密があるのかもしれません。

物事を漠然と眺めている人は、
何の発見も発明も得られないのです。

そういう人からは素晴らしいクオリティの
仕事をなかなか期待できません。

見る事をなおざりにし
マンネリ化している人からは、

光は期待できないのです。

洋の東西を問わず、
優れた料理人と言うのは、

料理の盛りつけにも
美的才能を発揮しますが、

これは嗅覚、味覚の発達と視覚の発達が
深く関係しているのでしょう。

五感を磨くほど脳は活性化します。

そして人類、世界に光をもたらす
能力を開花させられるのです。

特に視覚というのは奥深い世界です。

そして、

偶像崇拝を禁止するのは…

ユダヤだけでなく神道も同じです。

つまり、

日本人にも多大なポテンシャルがある

という事でしょう。

ユダヤアートと見る力を育てる
視覚を使って脳を発達し鍛える方法を
ぜひ参考にしてください。

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