ユダヤ人はトーラーからユダヤ民族の5000年の苦難の歴史を学ぶ


時の流れには…

過去、現在、未来がありますが、

歴史を振り返るという事は
何を意味するのでしょう?

もちろん答えは人それぞれでしょうが、

過去から教訓を学ぶというのは
人類が大切にしてきた知恵です。

日本文化も非常に歴史の深い
ものですが、

島国のおかげもあってか
世界的に見てそれほど

苦難や困難を繰り返した
歴史ではないでしょう。

ユダヤ人の文化を見ると
そこには紀元前から始まる

5000年も続く苦難の歴史から
生み出されたウィズダム、知恵が
感じられます。

例えば、トーラーなどを
読むとまず感じるのは、

これはユダヤ民族の歴史書
であるという事です。

そしてその歴史の勉強をする事を
ユダヤ人は非常に重視しています。

ユダヤ人はトーラーから
ユダヤ民族の歴史を学ぶのです。

それはトーラーの中で神が
歴史を記憶する事を命じており、

ユダヤ人もその重要性を
深く理解しているからでしょう。

ユダヤ人は、

今も紀元前1600年頃に
生きていた祖先について学び、

紀元前1000年の
時代と同じ祖国を持ち、

祖先が3000年以上前に話してた
同じ言葉をその地で話し、

同じ神を信仰しながら
今もなお生きているのです。

トーラーに書かれる出エジプト


紀元前1230年、エジプトで
奴隷状態であったユダヤ民族が、

モーセを中心にイスラエルの
土地へ脱出した時の事、

神はなかなかユダヤ人を解放
しようとしないエジプト人を
様々な災いを持って撃たれた

という事ですが、

その最後の災いが、

神の使いがエジプト人の
初子(最初に生まれた子)を撃つ

というものでした。

その災いがエジプト人を撃つ前に、
モーセはユダヤの人々に、

「家族ごとに子羊をほふり
その血をユダヤ人の家の鴨居と
入り口の二つの柱につけよ」

と命じました。

そしてそれは神の使いが来て
エジプト人を撃つときに、

その鴨居と入り口の二つの柱に
血が付いている家は過ぎ越し、

それ以外の家の初子を撃つ

というものでした。

そして実際に、

神の使いがエジプト人を撃った時

すべての初子は撃たれたが、

鴨井と入口の二つの柱に
血の付いた家は過ぎ越され

ユダヤ人の家は守られた。

…との話がトーラーには書かれています。

「主が行き巡って
エジプトびとを撃たれるとき、

かもいと入口の二つの柱
にある血を見て、

主はその入口を過ぎ越し、

滅ぼす者が、あなたがたの
家にはいって、撃つのを
許されないであろう。

あなたがたはこの事を、
あなたと子孫のための定めとして、
永久に守らなければならない。

あなたがたは、主が約束されたように、
あなたがたに賜る地に至るとき、
この儀式を守らなければならない。

もし、あなたがたの子供たちが
“この儀式はどんな意味ですか”
と問うならば、

あなたがたは言いなさい、

“これは主の過越の犠牲である。

エジプトびとを撃たれたとき、

エジプトにいたイスラエルの
人々の家を過ぎ越して、

われわれの家を救われたのである”

民はこのとき、伏して礼拝した。」

(出エジプト記12章23~27節)

神が命じた掟を今なお守り続ける


つまり、

神は自分がユダヤ民族を
救うために行われた業を

祭りとして記念し記憶せよ

と命じています。

さらに、

それとともにその事を
子々孫々に伝えよ

とも命じています。

すなわち神はユダヤの民に
歴史の教育を命じたのです。

実際にユダヤ人はこの出来事を
過ぎ越しの祭」として

3000年もの間祝い守り続け、
子孫に語り伝えているのです。

またモーセの言葉で、

「ウバハルタ バ・ハイム」

という言葉があります。

これは、

「生き抜くのだ。この生をこの命を」

という意味の言葉ですが、

「レ・ハイム」という言葉は

ユダヤ人同士の乾杯の
言葉に使われています。

このように過去の出来事を記憶し、
それを子孫に伝えよと神が命じる箇所が
トーラーには随所に見られます。

民族5000年の苦難の歴史を学ぶ


どんな人間でも一生の間に不幸や
不運に見舞われる事は必ず訪れます。

交通事故に遭うかもしれないし、
病気にかかるかもしれません。

そこでどういった精神で
困難に立ち向かうかという

心の強さが真に発揮される時です。

ユダヤではこういうときに

「Transform suffering」

と教えます。

ある夜、天使に襲われて朝まで
格闘するという不運を味わったヤコブは、

襲われても絶対に諦めず戦った事から、

受難、苦難、不運、不幸は、
(Suffering)

作り替える事ができる
(Transform)

という意味です。

苦難の犠牲者になる事を絶対に拒否し、

希望の灯りをともせる何か
他のものに作り替えるまで戦い続ける、

のがユダヤ人のメンタリティの
基礎となっているのです。

ユダヤ人の歴史はまさに
受難、苦難の連続でした。

ホロコーストでは
600万人が殺され、

古代ではバビロニア帝国に
民族ごと拉致され、

ローマ軍に完全に神殿を破壊され、

ギリシャ軍からは、ユダヤ教の
儀式や祈りを禁止され、

十字軍からは虐殺され、

中世ではゲットーにジメジメ
した狭い地区に閉じ込められ、

農業も工業も禁止されました。

しかしユダヤ人はこれほどの
苦難を乗り越える経験を
知恵に変えて行った訳です。

記憶の民と呼ばれるユダヤ人


そしてこのような民族の歴史を
語り継ぎ、受け継ぎ、

未来に教育し続ける事によって

今日までユダヤ人が生き残り、
活躍していると言う事実は

私たちに歴史の教育がいかに大切か、

という事を教えてくれます。

自らの文化を損なわず
約5000年の間生き抜いてきた、

ユダヤ人だけが、

2000年の間に
2度も祖国を破壊され、

全世界に離散し、
住む先々での憎悪に耐え、

全てのユダヤ人を根絶やしにしようと
企む組織の中でも生き抜いてきました。

今でも3千年前に他民族によって
ユダヤの神殿が破壊された事を記憶する
日というものがあります。

それは神殿崩壊日と言われますが、

その日に神殿跡にある
ユダヤ人の礼拝堂に行くと、

涙を流して祈っている人がいます。

その祈りの言葉を聞いていると、

数千年も前の遠い昔に
自分たちの神殿が破壊された事を
嘆き悲しんでいるのです。

3千年前の事を思い泣けるでしょうか?

古い歴世をこれほどまでに
身近に感じられると言うのは、

ユダヤ民族の歴史教育ならではです。

そしてこれこそユダヤ人を
今日まで存続させてきた理由であり、

ユダヤ人が記憶の民

と言われるゆえんでしょう。

そして付け加えるならば、

記憶の民とは暗記の民であり
歴史教育はユダヤ人の抜群の
記憶力を培う秘密の1つでもあります。

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