ユダヤ人が古い宗教観も最新の科学も研究し学ぶ理由、世界観


私自身は日本人もユダヤ人も共に
頭のいい民族だと思っているのですが、

単純な頭のよさを比べた場合、
たいした違いはない気がします。

が、

その使い方は大きく違います。

ユダヤ人が改革や独創性に優れている

一方で、

日本人が改良や改善に優れている

というのは、

風土がもたらす特性なのでしょうか。

この辺りの違いも今後
明確にしていくつもりですが、

まずここで、

ユダヤ人の特徴として挙げられるのが、

トーラーだけでなく科学も学ぶ事、

彼らが古い宗教観も最新の科学も
学ぶ理由はなぜでしょうか?

普通に考えれば…

例えば、

古い宗教観を持ったチベット人が
最新のコンピューターを開発する…

という事はあまりないでしょうし、

最先端の科学者や技術者はあまり
宗教観に囚われないようです。

しかし、

ユダヤ人は矛盾なく両立し
学んでいる傾向があります。

アインシュタインを始め
多くのノーベル賞受賞者も
しっかりと宗教観を学んでいます。

これはよく考えると不思議です。

日本人とユダヤ人の世界観の違い


1990年からアメリカで
起こったIT産業の隆盛の裏には、

冷戦終結により旧ソ連から移民してきた
ユダヤ人技術者の存在がありました。

同じ頃イスラエルにも多くの
エンジニアや科学者が移民し、

優秀な人材による独創力と
最先端の研究を武器に、

イスラエルは着々と世界有数の
ハイテク企業を輩出する技術大国
変貌しています。

一方で、

ユダヤ教には多くの戒律があります。

その数は600を越えるほどです。

何を食べてはいけない、

金曜日には一切の
労働をしてはいけない、

など、こうした決まり事を勉強し、
宗教行事に勤しみます。

全員が全員こうした細かな
戒律を守ってはいないにしろ、

文化的土壌として、

ユダヤ教の古い宗教観は生活や
風習にしっかり存在するのです。

こうした文化は我々から見れば
非常に非合理にも見えますが、

イスラエルのユダヤ社会は

合理の極みとも言えるハイテク産業と、
非合理の極みと言える宗教的戒律が
同居する、

不思議な世界観を持つ社会と言えます。

マイモニデスの出現より科学も学ぶ


確かに日本人から見れば、

こうしたユダヤ社会の世界観は
非常に不思議に見えます。

まあ、

厳しい戒律の無い日本の宗教、

結婚式はキリスト教で
七五三の祝いは神道で、
葬式は仏教で、

と適当に使い分けて平気な世界観は、

ユダヤ人から見ても日本人の方が
不可解なのかもしれませんが。。

ただいずれにしても、

ユダヤ人の学びに対する姿勢
そこから生まれる深い洞察力は、

かつてはトーラーとその注解
タルムードに限定されてたために、

あまり外に向かう事はなかったのです。

しかし前回紹介した
マイモニデスの登場によって

それが大きく変わり始めます。

マイモニデスの提言は

「創造者である神を理解するために、

トーラーを学ぶだけでなく、
科学も学ばなくてはいけない」

というものでした。

それまでのユダヤの勉強も、

トーラーとその注解書の勉強に
限定されており、

科学などその他のものは
神を冒涜するものである、
と考えられていました。

それに対してマイモニデスは

数学、工学、幾何学、科学技術、
天文学などといった

一見宗教とは相反するように
見える分野を研究し極めることも

神を知る手段として大切である
と訴えたのです。

そして彼自身、非常に優れた宗教家、
ユダヤ教の指導者であるにとどまらず、

優秀な医者としてまた天文学者
として活躍していました。

彼の残した薬品についての医学書は、
今も重要な資料として活用されてます。

宗教観に科学を加える学習法


確かに、

全知全能の神の教えと科学を学ぶ事は

よくよく考えればこの世界観は
矛盾はしないのかもしれません。

そしてこの科学を学ぶという
マイモニデスに始まったこの考えが、

後にトーラーの研究だけでなく、
自然科学を初め様々な分野で活躍する

天才的なユダヤ人を輩出する
原動力となります。

学問の世界にも宗教の世界にも
知的活動を通じ相乗効果を与えました。

ただこのマイモニデスの考え方が
すぐにユダヤ人たちの社会に広く
受け入れられたわけではなく、

当初は

「大切なのはトーラーの勉強だけだ」

といって猛反対するものもいました。

いつの時代もどこの文化でも
保守派と革新派は対立するものです。

しかし少し時代が下がると、

「トーラーの他の分野は許されないが、
数学だけなら学んでも良い」

さらに時代が進み

「科学だけなら良い」

といった具合に、少しずつ受け入れる
ようになっていったのです。

そして、

今ではイスラエルは世界有数の
科学技術力と研究者を擁す
までになっています。

今でも宗教的な理由で世界的に
研究が遅れる分野もありますが、

もしかしたらそれを打ち破るのも
彼らユダヤ人かもしれません。

ユダヤ人がノーベル賞を取る理由


こう考えるとやはり、

ユダヤの世界観は特殊なものです。

しかし世界的に見て突出した
結果を出しているのも、

こうしたユダヤ人の柔軟な教えの
その結果なのでしょう。

全世界に散在する数を全て合わせても
1330万人ほどしかいない

ユダヤ人から何百人もの
ノーベル賞受賞者が生まれ、

また全人口600万人しかいない
イスラエルに住むユダヤ人でも

建国からわずか60年で10人近くの
ノーベル賞受賞者が輩出されています。

人口1億人以上いる日本でも
ノーベル賞受賞者は12人です。

また13億人いる中国では
わずか3人の受賞者しかいません。

単純な比較でこの事を見ても
ユダヤ人の優秀さが分かります。

その優秀さの基本となるのが、

ユダヤ人が何千年と続けてきた
宗教観やトーラーの勉強法にあり、

さらにその土台の上に、

柔軟に科学も学んできたという
ポイントにあると言えるでしょう。

そしてその机上の勉強にとどまらない
ユダヤ人の現実問題を解決するための
学び、研究は今も続いているのです。

護送船団方式で経済が発展してきた
日本社会には大きな「規制」があり、

独創性や起業家精神を
抑制し、競争力を奪っている

…とする意見がありますが、

ユダヤ人は、

宗教戒律という大きな規制の中でも、
十分に独創性を発揮しているのです。

そう考えればこうした意見は
言い訳に過ぎないのかもしれません。

世界から見れば十分に特異な
我々日本人の世界観と科学観…

実はポテンシャルは高い
と言えるかも知れません。

その能力はほんの少しの気づきで
発揮されるのではないでしょうか。

私たちもしっかり頭を使いながら
豊かに生きる事を目指したいですね。

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