ユダヤ人にとっての善、施しは内容より数を重視、善行と見返り


お金との付き合い方として…

使う、貯める、殖やす

以外に大事な事があります。

それが「還元」する事。

日本は豊かな国ですが、

寄付などを通じて社会にお金を
還元しようという文化が
なかなか根付きません。

もちろん寄付や募金などは
行われているわけですが、

その規模は、日本の寄付の
金額をアメリカと比較すると、

経済規模の差を差し引いても
30分の1に過ぎないと言います。

中でも欧米のユダヤ系の富豪がする
チャリティーや寄付などの善行は
目立ったものがあります。

倒産こそしましたが、

ユダヤ系のリーマンブラザーズは、

世界のオペラの殿堂、

ニューヨークのメトロポリタンオペラ
の最大の支援者でした。

ビルゲイツは投資家バフェットと共に、
巨額の寄付計画をしています。

またニューヨーク市長のユダヤ人、

マイケル・ブルームバーグは
ジョンズ・ホプキンス大学に
300億円、

ユダヤ人投資家ジョージソロスは
6000億円を、

ジーンズで有名な
リーバイ・ストラウスも
数百億円を各方面に寄付しています。

ユダヤの教えでは、

「貧しい者には手を差し伸べよ」

という神の教えがあります。

ユダヤ社会では、金持ちは貧しい者
に施す事を義務としています。

聖書にもそういう記述があり、

貧乏な人はいつの世も
絶えないのだから、

お金持ちはそうした人々に恵みを
与えなけれならないとするのです。

その代わりに、神はそうした
お金持ちを祝福するのです。

お金を稼ぐ事、
そして還元する事、

そのどちらも善行な訳ですから、
彼らがお金に長けるようになる
のも至極真っ当なことでしょう。

ユダヤ人にとっての善行と見返り


さらにユダヤ人の教えでは、

善、施しなど善行はその内容より
「数」であると教えられるようです。

つまり、

神は善の「数」を数えているとの事、

これはあまり日本人には
無い感覚かも知れません。

ユダヤ人にとって施しをする、
貧しい人や困っている人を助ける
善行を積むという事は、

宗教上の義務なのでした。

その善行も一度に大金を寄付する

よりも、

小銭でも百回寄付をする方が尊い

という事です。

「ユダヤ賢母の教え」という本には、

『何かを与えることでいい気分になる
という見返りがあるのだから、

本当の意味で自分にメリットのない
施しなどないのです。

気分が良くなるという事だけではなく、
他のチャンスに繋がる事もあります』

と書かれています。

日本でも、

「情けは人の為ならず」

という考え方がありますが、

人に情けをかけるのはその人の
ためになるばかりではなく、

やがては巡り巡って自分に返ってくる。

他人を助ける事は自分を助ける
という事にも繋がるのでしょう。

だから人には親切にせよ
という教えですが、

それに近い感じでしょうか。

直接でなくても見返りはある


もちろん、

何かを誰かに与えて、
その人から直接見返りがない

という事は多々あります。

むしろ見知らぬ人にした事は
ほぼ間違いなく返ってこないでしょう。

でも因果をもう少し広く考えれば、

直接的な見返りがなくても
間接的には返ってくるものです。

例えば、海外旅行で
親切にされた経験があると、

日本でも海外から来ている旅行者に
親切にしてあげようと思ったりします。

親切にされた人に直接何かを
返したわけではありません。

しかし、

こういった気持ちは、巡り巡って
親切の輪が広がるということです。

これが積み重なれば
社会は良い方向に進みます。

またその与える姿をたまたま誰かが
見て感心しているかも知れません。

善というのはこうして広がって
いくのではないでしょうか。

まさに「神様の視点」という
巨視的に見れば、

善行はやはり自分に返ってくるのです。

富豪になればなるほど、さらに
善行をするようになるのも当然です。

そもそも、

直接返ってくるものがなくても、
自分の気分が良くなるのであれば、

確かに、

十分メリットを得られているのです。

お金を渡す施しは正しいのか?


また自分の行為で少しでも
地球の環境が良ければと、

環境保護の為にお金を施す、

こうした人の為にお金を使えば、
地球全体が良くなれば、

回り回って自分に返ってくるのです。

だからこそ善行は正しい行為
というのは納得ができます。

私は以前、

「お金を渡す」という施しが
正しいのか悩んだことがあります。

自分が一生懸命働いて得るべき
お金を簡単に上げてしまうことで、

相手の仕事意欲を奪うかもしれない。

自分に与える人間の器はないのでは…

と悩んだことがあったのですが、

あるユダヤ教えがヒントになりました。

それは、

「神があなたが何回、善い行いを
施したかという事に、最も強い興味を
持って見守っているのだ」

というものです。

具体的に言えば、

「もしあなたが1回
1千円の寄付を100回すれば、

それは10万円の寄付を
1回するより優れた行為になる」

ということです。

善いことを多数回するほど、
1回だけ善いことをするより、

心と体はより長い時間よい状況に
おかれるということです。

ユダヤ人の善行にへの捉え方


また大きな善行をすれば
次にするのが負担になりますが、

ちょっとしたことなら
何度もして気にならないのです。

これがユダヤの善に対する考えです。

こうして私は少しずつ数多く
寄付する事への負担がなくなりました。

ユダヤ教では、

Mitzvot(ミツヴァ)

という神からユダヤ人へ
命じる「戒律」があります。

「善い事」を毎日習慣として行う事

これが理想を実現するために具体的な
行動を起こすユダヤ民族の価値観です。

だからこそ小銭を渡すことなど
ミツヴァを行うことが、

自分がこの世に生まれてきた目的の
日常的具体化であり、

「毎日一歩でも近づけ」

とユダヤ教では説くのです。

さらに最も善い施しの方法は、
気づかれずにすることだそうです。

施しは隠れて行うというのが、
彼らの教えです。

日本ではよく、

「私はいくら震災被災者に寄付する」

などと徳行、善行を
マスコミやブログで発表します。

そこで、それを見た人々は

「○○さんはたいした人だ」

と褒めてくれるかもしれません。

しかし、それで善行の見返りは
終わりなのです。

「善行は隠れて行え」

というユダヤの教えはここで
非常に興味深いものがあります。

神は見返りを与えてくれる
かもしれません。

善い事を毎日少しずつ続けてみる、

きっと人生は大きく変わるでしょう。

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