多様性は問題解決のアイデアの可能性を広げる、多様な人材確保

面接をすれば多様な人材を選抜できる

と思っている人は多そうです。

ここで、あなたも面接官
になったつもりで以下の場面を考えてみましょう。

ある大学の面接試験で、2人の
受験生がこう自己アピールしてきました。

受験生A
「私はバイオリンのコンテストで
日本一になりました。」

受験生B
「私は対戦型格闘ゲームの大会で
日本一になりました。」

合格枠は残り1つとすれば、
あなたはどちらの受験生を
合格させるでしょう?

恐らく現代社会の風潮を踏まえ
大学教員の立場からすれば、

前者の受験生Aを合格させるでしょう。

なぜなら、多くの人にとって
バイオリンという楽器をうまく弾けることは、

対戦型格闘ゲームが上手いことより
価値が高いという

暗黙の価値観を共有しているのです。

学力という狭い価値観で生徒を判断しない
それでは多様性が確保できない

と言う批判がありつつも、
私たちの価値観はそもそも
とても狭い範囲で判断しているようです。

だからこそ、

こうした価値観に従い合否が決まる社会であれば、

親は自分の子供に対して
ゲームではなく楽器を勧める傾向に
加速することでしょう。

こうした価値観は
TPO(時間、場所、状況)によって
大きく変わるのです。

実は私自身が最近この状況を知り
価値観が大きく変わった一人なのですが、

プロのゲーマーが出現し、
地位、名誉、収入など全てにおいて
高いステータスを獲得しています。

海外ではeスポーツが地位を獲得し、
日本でも浸透してきています。

私の幼少期にゲームをしてお金が稼げる
尊敬される職業となる

ということは到底考えられませんでしたから
強い固定概念となっていた訳です。

しかし、

先ほどの面接の例で言えば、

ゲームで日本一になった受験生Bくんが
入学する方が、大学の価値は高まる
かもしれないのです。

「あのプレイヤーがこの大学にいるぞ」

と学生の間で有名になり
受験志望者が格段と増えるかもしれません。

そうです。

価値観は全てTPOで変わる相対的なものなのです。

ただここで大きな問題となるのが、

10年後の大学の価値が高まるのは、
バイオリンなのか対戦型格闘ゲームなのか、

その学生を選抜する時点では
誰にも判断できないのです。

今の段階であれば、ゲームも
すでに一定の人気がある訳ですから、

面接者がそうした動向を把握していれば
そうした見通しが立つかもしれません。

しかし20年前にそれが可能だったかと言えば
かなり難しかったはずです。

そう考えれば、

現在は全く知られていないが、
10年後、20年後に大きな価値が生じる特徴、

今は全く考慮されていないけれど、
実は将来大きな価値を生み出す特徴を
予測することは本当に難しいのです。

「多様性を確保する」

というのは、将来の可能性に賭けること、
将来の可能性を残すことを意味します。

だからもちろん当たり外れがあります。

しかし、多様性を確保することで、
可能性は維持されます。

これは投資の考え方にも通じるでしょう。

どの株の銘柄が上がるか下がるか、
予測がつかないからこそ、

リスクヘッジをする。

企業であれば、

人材の多様性を担保することは、

何か問題が生じた時の対処の
可能性を広げることが重要です。

長い目で見れば見る程、
収益が上がる部門は徐々に変化します。

大学であれば、

人材の多様性はそれまで誰も
注目してこなかった研究活動や
創作活動をする可能性を確保できます。

どのような問題でも、
その専門家がいることの強み、

企業であっても国であっても
この価値を重視すべきでしょう。

多様性を受け入れる社会ほど
何か問題が起きた時対処でき、
時代が変わっても優位性を保てる

このパワーが高まるのです。

「選択と集中」も
もちろんメリットがあるでしょう。
無駄を省けることもあるでしょう。

しかし全体の中でその多様性を
失わせることにつながりかねないのです。

性格タイプを知ること、

多様性を確保することに
役立つのでしょうか?

…それは活用次第でしょう。

それが人間の能力を狭める
可能性は確かにあります。

固定概念となり、フィルターとなり、
均質的な人間を生み出す

そうなってしまう可能性はあります。

しかし、

自分を知り、他人を知ること
そのきっかけになることは間違い無いでしょうし、

多様性を受け入れる素養を
高めるきっかけにはできるはずです。

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