性格テストで測定しても相対的なものだが性格は役に立つ

人間を理解する…

これは非常に難しい事です。

心理学というのはある意味、
この難解なゴールに向かって
チャレンジしている学問と言えます。

が、このテーマで扱う性格を
どう定義づけるかも難解なのです。

例えば、ある人について
自分は十分に理解している
と思っていても、

実際の相手が自分のイメージと
かなり違っていることを
発見する事があります。

ここで、性格を定義づけるために、

まず人間の性格をテストによって
測定するという道が存在します。

性格は間違いなく人間の持っている
属性のひとつでしょうが、

一義的に規定する事が困難な概念です。

事実、性格に関しての定義は
心理学者の間にも一致した見解は、
未だに見出されていません。

極めて不明瞭で漠然としています。

では次に測定について考えてみると、

心理学的測定は個人の性格を
量によって測るため、

相対的な序列的確認で終わります。

数値化するというのは
ある種、絶対的に見えるものですが、
ここは覚えておくべきでしょう。

仮にドラゴンボールのスカウターのような
とんでもないテクノロジーが開発されて
性格が測定できるようになったとして、

それでそれがその人の性格を
どの程度まで理解できるかも不明です。

このように考えてみると、
性格を厳密な意味で測定することには
限界がある事が理解できます。

様々な心理学者がこれを
真面目に誠実に追求しています。

だからこそそれも尊重した上で、

性格を測定することは、
ある操作的概念の中で、相対的に
ある種誤差を含んで測定できる
といったほうが良いでしょう。

性格について考えるとき、
どのような場合にどのような目的で
用いるかも考えなければいけない問題です。

精神医学の世界では、

患者を正しく理解することは、
診断や治療にとって必要なことで、

また、カウンセリングの場面では、
性格テストによるクライアントの
性格を把握する事が、

問題解決の手がかりになる事も多いです。

他にも教育場面では、

子供の学習意欲や適応の問題を
理解するために性格テストは役立つでしょう。

産業場面で、仕事の適性や
職場での適応あるいは人間関係の問題に
性格テストが重要な役割を果たしています。

社会の多くの場面で性格テストが必要とされ、
大きな成果を挙げているのも事実です。

が、それは使い方次第ですし、
状況によって盲点が生まれるのも
紛れも無い事実なのです。

性格の把握と分析それ自体は、
どんな病人も治療できませんし、
どんな子供を教育もできないですし、

どんな社会的問題を解決する事もできません。

ここを前提に性格を学ぶ事が大切なのでしょう。

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