仕事、勉強でも若者に蔓延する”競争=悪”のメリット、デメリット

仕事、勉強でも若者に蔓延する”競争=悪”のメリット、デメリット
今回のテーマは、

仕事、勉強でも若者に蔓延する
”競争=悪”のメリット、デメリット

について紹介します。

「仕事が出来る人」には
実際には「競争心」の強い人が多い

というのは当然かもしれません。

というのも、仕事やビジネス
というのは究極的にはやはり
「競争」だからです。

前に紹介したように、

全員で波を起こしたから
自分も浮かんでいられる。

交代で波を起こしたり、
流されたりを繰り返しながら、

全体の勢いを加速させる、

それが昭和という時代の
働き方
だったとしたら、

平成の時代は凪の状態と
表現できるでしょう。

その中で速く泳ぐものもいれば、
沈んでしまうのもいます。

もちろん中には光る人、
加速する人はいるでしょうが、

全体として泳ぎ方がなかなか
分からない、

そもそもが仕事も
マイーペースで楽しめれば良い…

特に若者の間では全体として
加速感が減ってきているのでは
ないでしょうか。

特に社会風潮として仕事、勉強でも

”競争=悪”

というイメージが

若者の間に蔓延しており、

こうした流れは進んでいます。

例えば、

大学教授の話しによれば、

今の学生たちは以前に比べ
真面目になり、授業にもよく
出席するようです。

学生全体が単位を取る事に
真面目に取り組んでいるものの、

前年ながら加速して、
アクセルを踏んでいる人は
極端に少ないようです。

こうした流れには当然
メリットもデメリットもあるのです。

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競争のメリット、デメリット

仕事は競争が基本です。

もちろん「ウィンウィン」とか
(両者が共に勝つ)

誰とも競争しない
「ブルーオーシャン戦略」
という言葉はありますが、

それにしても

「多くの利益を出したい」
「二番目に甘んじては行けない」

というモチベーションがなければ
成立しないのです。

ところが、若者に蔓延する空気は

競争=悪というイメージのようです。

いつも真面目に授業に出て
レポートもしっかり出すが、

優秀なものは少なく、

5枚以上の提出が課題であれば、

たいていの学生は五枚程度で
終わりにしてきて、

ライバルから一歩抜きんでてやろうと

20枚以上過剰に書いてくる
学生などほとんどいなかったようです。

昭和の時代であれば、

授業に出ずにサボっている
生徒も多い一方で、

逆にしっかりやる学生は
必死に競争してレポートなどを
一枚でも多く書こうと言う

意気を感じられたそうです。

つまり、
平成の若者は全体としては
真面目な学生が増えているものの、

何かにかけて、後は捨てている

というような極端な学生、

平均点で見ると落第生だが、

何か一点だけは並外れた能力を発揮
するような学生があまりいない
ようなのです。

こう考えれば、

競争の激しかった昭和にも
それが無くなった平成にも

メリット、デメリットはありますが、

今の学生は、

ここだというときにアクセルを
踏む感覚が身に付いておらず、

そう言う競争にならされて
こなかったため、

いざという時の集中力が弱いのです。

これは明らかに勉強でも
仕事に置いてもデメリットになります。

若者に蔓延する”競争=悪”の是非

競争は良くない。

受験も良くない。

だから受験戦争も辞めよう。

徒競走は皆で手をつないで走り、
自分のやりたい事をやればいい。

現代はそう言う意見が
少なからずあります。

仕事、勉強でも若者に蔓延する

”競争=悪”

というイメージが広がり、

親も子供も本当の力を発揮できていない…

そんな雰囲気が日本社会を
覆ってきているのかもしれません。

だから前にも紹介したように

「成功したい」という意識が

世界に比べ圧倒的に
低くなってきているのです。

ライバルに負けたくないという
思いから必死にやる事で、

「あいつは仕事が出来るな」

と周囲の人に認められるから

「仕事が出来る人」と認められ
出世や昇進ができるわけです。

バリバリ年ごとをやって
頑張ってやっている同僚の隣で、

「自分はこのままで良いや〜
競争は良くないからマイペース♪」

などとボーッとしていたら、

いつまで経っても評価はされません。

もちろん、

競争の弊害、デメリットは
たくさんあります。

でもこれでは、

否応なく与えられた

障害を乗り越えるときに必要とされる
加速を体験する事が出来ません。

もちろん、自分がやりたい事を
やるときに加速するという例も、

ないわけではありません。

ゆとり教育ではスポーツや
アートの世界で才能を発揮する
若者が増えたという意見もあります。

しかし全体を考えたとき、

本当にやりたい事に本当に
のめり込む状況にいる人が
どれだけいるでしょうか。

例えば、

勉強したいから勉強するという
子供の比率は極めて少ないです。

放っておいても自分の
好きな教科を選び、

進んで勉強する子供は一割以下でしょう。

放っておけば、誰も
勉強などしなくなるのです。

ただし、少なくとも
試験前だけは机に向かう

仕方なく、普段よりは
加速して勉強する。

それによってかろうじて
学力を保っているのが現状なのでしょう。

仕事、勉強でも”競争=悪”なのか?

詰め込み教育を廃止したお陰で
スポーツやアートの世界など
以前とは比べ物にならないくらい、

一芸に突出した若者が
増えてきているという意見もあります。

確かにその通りです。

しかし、そうした自分が
やりたい事にのめり込める事
を見つけられる人は

少数派なのです。

競争社会ではなくなった
自分の個性を伸ばせる時代

のメリットは大きいですが、

全体としての加速度は
下がってしまうのです。

戦後一気に発展した日本に
負けないように頑張ってきた
韓国やアジアの国々は成長しています。

が、日本は衰退しているのが現状です。

もし学校や社会で
試験も競争なくなれば、

加速の機会もなくなるため、
学力は止めどなく落ちていきます。

それが、現代の学力低下の
最大の要因でしょう。

競争や試験というものを
悪としてしまったために

加速の習慣が身に付かなく
なってしまうのです。

だから集中して勉強を
する事が出来ない若者も
増えてしまっているのです。

そして勉強に集中できない人は
仕事をしていても辛いはずなのです。

これからの時代に必要な競争

いずれにしても

「仕事が出来る人」の
競争心というのは、最終的には
自分にかかってきています。

つまり競争して相手を打ち負かし、

相手が単に自分の下に行けば良い
という考えではありません。

競争というのは相手の足を
引っ張るというものではありません。

自分が努力して、実力的に
相手を超えなければ、

「負けたくない」を本当に
クリアした事にはならないからです。

それは自分の価値観で、

相手を上回るだけの事をやり、
努力して成果をあげるわけです。

そうして切磋琢磨すれば
究極的にはウィンウィンになり、

競争を超えたチームの
シナジー効果も生まれるのです。

足を引っ張り合ったり、
他人は関係ないと無視していれば、

どちらもチーム力は下がるのです。

これからますます
グローバル化は進み、

世界との競争社会に
巻き込まれていくとき、

全体として競争を留めてしまい、
加速度を落としてしまえば、

日本は立ち向かって
行けないかもしれません。

…全体を変えるのは
確かに難しいですが、

こんな時代だからこそ、

現代の若者の持つ
「ほどほど感覚」の世の中では、

加速度感覚を身につけた
人は明らかに目立つでしょう。

「今どきの若者にしては珍しい」

と周囲の人は評価をするでしょう。

サラリーマンであれば、
出世が早かったり、

より責任の重い仕事を任されるでしょう。

或は自営業者、フリーランスであれば、

組織以上に加速度が必要で、

人より目立ち、突出しなければ
周りから声をかけてもらえず、

仕事がなくなります。

しかしそんな中で

「彼は仕事が早い」
「彼には勢いがある」

などという評判が立てば、

一人勝ちの状態になり
仕事が仕事を呼び状態になります。

つまり、仕事、勉強でも若者に蔓延する

”競争=悪”のイメージのなか、

そのメリット、デメリット
をふまえた上で、

個人的な選択によって、
「加速」を取り入れる事で、

個人がさらに輝ける時代に突入した
ともいえるのではないでしょうか。

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