日本とユダヤの関係のきっかけ、日ユ同祖論のルーツと信憑性


今回のテーマは、

日本とユダヤの関係のきっかけ、
日ユ同祖論のルーツと信憑性

について紹介します。

現在のイスラエルのハイテク技術や
アメリカのユダヤ人社会の発展は、

ある意味、緊張から
生まれたものと言えるでしょう。

サバイバル意識から脳を活性化させ、
イノベーションを生み、

ハードワークで
働いてきた結果といえます。

これは実は、日本の戦後の
状況とよく似ているように見えます。

戦争に破れ、
廃墟と化した国を復興し、

焼け跡から「奇跡」と
言われた高度成長を達成した頃の
日本です。

当時の日本は社会に緊張感が
満ちていたわけです。

こうしたやる気に満ちた緊張感が

世界のソニーや本田を育てた
と言っても良いでしょう。

ところが最近の日本は豊かになり

そう言った緊張感は
薄れているように見えます。

ここからいかに日本は復活すべきか、

ユダヤ人から学ぶことは
多いのではないでしょうか。

ここで日本とユダヤ社会の
接点について振り返ってみましょう。

開国から江戸時代の鎖国を経て
当時の日本人から見れば、

西洋人の区別はあまりありませんでした。

国の違いはあれ、
民族の違いに気づく人は
ほとんどいなかったと言います。

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日本社会とユダヤ社会の出会い

そんな中、

欧米には、ユダヤ人と言う
特別な人々がいると言う
事実に多くの日本人が気づいたのは、

日露戦争の翌年、
1906年の事でした。

気づかせたのは当時の
日銀総裁、高橋是清さんです。

彼は未曾有の国難に際し、

戦費不足に苦しむ日本政府のために
日本国債を欧米で販売し、

それにより資金調達を果たす
という大任を帯びていたのです。

しかし国際社会では
日本に金を貸しても回収できない
と考える人が多く、

高橋は国債販売に
大変苦労していたのです。

そんな折、高橋の元を訪れ、
国債を売りさばこうと約束してくれる
人物が現れました。

それがユダヤ系投資銀行、
クーン・ローブ社の重鎮、
ジェイコブ・シフでした。

今で言えば、
ゴールドマンサック社に
匹敵する投資銀行の横綱格で、

在米ユダヤ人社会の
リーダーでもあったシフは、

当時、ユダヤ人をひどく迫害
していたロシアを憎み、

そのロシアを倒そうとする
日本に援助の手を差し伸べたのでした。

シフは日本政府のために
戦費全体の4分の1弱である
2億ドル以上の資金調達を行い、

シフの援助という関係のもと
日本は国債を売る事ができ、

そのお金で英国から戦艦を購入し、
日露戦争で勝利を収めたのです。

ちなみに日本の最新鋭戦艦は
すべて英国からの輸入でした。

日本とユダヤの関係のきっかけ

当時の英国は世界一の造船王国で
戦艦三笠は1200万、

今の貨幣価値で
300億ほどかかります。

それでも日本がロシアと
戦争に勝つなど思っても
いなかったようですが、

シフの資金援助のもと
日露戦争に日本は勝利します。

終戦の翌年、シフ夫妻は
国賓待遇で日本に招かれ

皇居の午餐会で明治天皇より
勲二等を授けられる栄に浴しました。

これをきっかけにシフが
ユダヤ人である事実が日本でも
よく知られ、

ユダヤ人は大金持ちで
力のある西洋人というイメージを
日本人は抱くようになったのです。

ただこの一件で

「国際経済を動かすユダヤ人」

というフィクションにも
何頭かの真実味を与える
きっかけにもったのですが、

しかし、結果として

日本をサポートしたシフの行動が
第二次大戦中の日本政府による
対ユダヤ政策の関係に影響を与えました。

日本政府はシフからの恩義を忘れず、

日本軍占領下に逃げ込んだ
ユダヤ難民をナチスドイツに
逆らってまで公正に遇したのです。

杉原千畝のビザなどが有名ですが、

こうして近代の日本とユダヤの
関係のきっかけが始まったのでした。

日ユ同祖論、日本人のルーツはユダヤ人?

様々なユダヤに関する
フィクションがありますが、

その信憑性はよく分かりません。

フリーメイソン=ユダヤ人説や
ユダヤ人世界支配説など、

根拠が曖昧な物があります。

また日本人のルーツが
ユダヤ人であると言う説があります。

これがいわゆる「日ユ同祖論」です。

この説を最初に広めた
日本人が佐伯好郎さんです。

日ユ同祖論は陰謀論者が
考えた説と思っている人がいますが、

佐伯さんは景教の碑文
研究で博士号を授与された、

れっきとした東洋史学者です。

佐伯さんは1908年の論文
「太秦を論ず」の中で、

京都の太秦に住んだ
渡来系豪族の秦氏は

実はユダヤ人だったと主張しました。

続く32年には、キリスト教の
牧師であった中田重治さんが、

日ユ同祖論の講演を開始しています。

中田さんの説は、
太古の日本にユダヤ人が渡来し、

彼らと先住民との混血により
今日の日本人が誕生したというものでした。

つまり今の日本人のルーツは
ユダヤ人であるという話しです。

したがって、日本人は軍事力を持って
ユダヤ人国家樹立を成し遂げるべき

民族的使命があると
中田さんは論じました。

そして戦後も、資源の無い国同士
頭脳と優秀な人材の力で復興を遂げた

日本とイスラエルには何かしら
シンパシーを感じるものがあったの
でしょう。

お互いの文化に特別な思い入れが
ある事は間違いありません。

しかし「同祖」は言い過ぎではないでしょうか。

日ユ同祖論の信憑性

他にも神道の中心地
伊勢神宮にダビデの星が見える、

日本語とヘブライ語の間に
意味や発音が似た例が存在する

日:測る→へ:ハカル
日:終わり→:へ:アワル
日:滅ぶ→へ:ハラヴ

など、またまた
イエスキリストやモーゼの墓がある
などというものまで色々と説があります。

しかし日ユ同祖論を
きちんとした証明する証拠はありません。

しかし長きに渡り
信奉者を獲得し続けた背景には

いくつかの疑似証明があります。

一つ目が

「日本語の太秦(うずまさ)は、
アラム語のイシュ・マシャ
(救世主イエスの意味)が訛った」

と主張する、いわゆる
言葉の語呂合わせの主張です。

二つ目に、

「日本古来の神道や修験道の中に
ユダヤ教徒の類似を示す物証がある」

という主張です。

例えば、山伏が額につける
兜巾(トキン)が、

ユダヤ教の成句箱(テフィリン)に
似ていると言った類の物です。

確かに興味深い類似性はありますが、

果たして真実はどうでしょうか。。

信憑性は高くないと思います。

語呂合わせと文化的風習の類似性だけで
決めてしまうのは乱暴です。

真実は誰にも分かりませんが、
いくつも疑問は残ります。

一つ個人的に
腑に落ちる理由があるのですが、

ちなみに日ユ同祖論が
日本人の心を最も捉えたのは戦前です。

その背景には、海外への
領土膨張、帝国拡大願望とも言うべき、
第日本帝国臣民の情熱がありました。

「日本軍のパレスチナ出兵」さえ
求める中田さんの主張に

人々が惹かれたのは、
東北アジアを手中に収めた
大日本帝国の更なる西進の正当性を、

日ユ同祖論に見たからかもしれません。

国民感情と戦争を結びつける、

軍部に都合のいい
プロパガンダだった可能性が
高いのではないでしょうか。

もちろん歴史上の真実は
誰にも分からない所ですが、

ミトコンドリアイブと言う

人類のルーツを辿れば、
たった一人の女性にたどり着く
と言う説もあります。

そう言う意味では日本とユダヤ人も
遠い共通の祖先なのかもしれません。

もちろんシルクロードを通り、
中国や韓国から船で日本に

渡来したユダヤ人が一部いた
可能性も否定はできませんが、

日本人とユダヤ人が
同じ先祖の子孫という「日ユ同祖論」
は少し飛躍した説ではないでしょうか。

ただ色々な文化の共通性など
色々と調べてみると面白いですね。

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