ユダヤの教え宗教に学ぶビジネスも人生も中庸・バランスが大事!

タルムードなどユダヤの
教えを学ぶにつれて感じる事は、

中庸というキーワードかもしれません。

宗教観というのは大抵、

精神性を解くような哲学

来世、カルマ、理想主義

といったイメージがあります。

しかしユダヤ教というのは、
現実に密着した合理的な考えと
現世哲学に筋が通っている印象です。

人生に対する極端な悲観主義でもなく、
生半可な理想主義でもなく、

現実、人生を真正面から見据えて
生きて行く態度を教えてくれるもの、

バランスの良い学びを受けられます。

現実によく対応してこそ、
初めて人はよりよく生きていける。

こうした考えが貫いている気がします。

例えば、

「隣人を愛せよ」に象徴される
キリスト教が愛の宗教なら、

タルムードではまず
自分を愛することを教えるそうです。

自分を最もよく愛する人ほど
他人も愛せると考えるのです。

自分を愛することを怠って

「汝の隣人を愛する」

ことなどできないということです。

確かに、、思い当たる節があります。

自分の自信がなければ、
他人ともうまく付き合えません。

自分を好きでなければ、
他人を好きにはなれないものです。

まずは最も身近な自分からスタートする。

ここから価値の創造は始まりそうです。

タルムードではこうした
自己愛を大切にするからこそ、

自分の利益を目的とするビジネス
も大切だと考え金儲けを否定しません。

しかし価値を構築して提供するために
正直なビジネスをしなければならない、

というのもまさしくバランスの
取れた考え方でしょう。

ビジネスについても
確固たる哲学を持っているところに、

ユダヤ式商法の秘密があるのでしょう。

ユダヤ教の葬式の教えにも
こうしたバランス感覚が見えます。

ある心理学理論によれば、

肉親を失った悲しみは最低2、3年続くといいます。

世界中の様々な喪に服す際の
宗教的儀式や考え方がありますが、

もちろんユダヤ人も悲しみを
感じるという意味で例外ではありません。

しかし、肉親の死を嘆き悲しんでも、
悲しみのあまり自分を傷つけてはならない、

と考えるのがユダヤ教の教えだそうです。

喪があまり長く続いては、
悲しみのあまり現実に対応する精神の強さを
失ってしまうと考えるので、

肉親を失った時の喪の期間は
30日が原則ということです。

度を越した喪の福し方を好まない

これもユダヤ人の特徴です。

タルムードでは狂信や行き過ぎを
嫌っています。

その教えはバランス感覚に満ちており、

それは東洋でいう中庸の
精神にも似ています。

そもそも仏教は宗教的というより
哲学的なものという印象が
私にはありますが、

偏らない中庸という考えは、
ユダヤ教、仏教に通じるしそうな気がします。

例えば、

タルムードにはこんな一節があります。

「軍隊が進んでいった。
道の右側には氷が張り、左側は火の海だった。

軍隊が右へ行けば凍え、
左へ行けば焼けてしまう。

真ん中の道だけが暑くもなく寒くもなく、
ほどよい道であった。」

こうした例え話を使って
タルムードでは中庸の大切さを解くのです。

あるいはこんな格言もあります。

「お客と魚は三日もすると悪臭がする」

これは知人の家に招待されても、
あまり長居をしてはならないことを
戒めとして教える格言です。

早く帰りすぎるのも失礼ですが、
長居をするのも良くない、

やはり人生バランスなのです。

招待されたらほどほどの時に
辞さなければならないという中庸の教え、

行きすぎることなく
ちょうど良い部分を狙うことは、

仕事にも人間関係にも大切なことです。

こうした感覚を磨くことの大切さは
古今東西変わらぬ真理かもしれません。

バランス感覚をタルムードから
学ぶことができるのです。

ビジネスに人生に活かしていきたい
言葉だと思います。

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