一流の人ほど腰が低い、傲慢でなく謙虚に生きるユダヤの教え


人間社会で成功するためには、
必ず誰かのサポートがいります。

一人では生きていけません。

だからこそ、

勉強より学歴より肩書きより
知恵より技術より「心」が大事
と言うことは言うまでもありません。

ユダヤの格言にはこんな
ものがあります。

あるとき弟子が師匠に尋ねます。

弟子:
「先生、真理がどこにでもあるなら、
道に落ちている石のように
ありふれたものなのでしょうか」

師匠:
「その通りです。だから
誰でも拾う事ができます。」

弟子:
「ではどうして人々はそれを
拾おうとしないのでしょう」

師匠:
「真理という石を拾うには
身をかがめなくてはいけません。
難しいのはその身をかがめる
という事なのです。」

傲慢に背中を張って生きていると、
足元の真理をつかめません。

大切なものが見えなくなります。

タルムードにはこうした
人間の謙虚さについての教えが
数多くあります。

それに幼少期から触れた
ユダヤ人の多くは、

成功してもなお、傲慢にならず
謙虚に自分を磨く事を、
潜在意識に持っているのでしょう。

謙虚でないと生きてこれなかった

「ブドウの房は重いほど下に垂れる」

というユダヤのことわざもあるそうです。

謙虚であればあるほど
腰が低くなる事を言う言葉で、

日本でも、

「実るほど頭を垂れる稲穂かな」

と言うことわざにそっくりの言葉です。

古今東西変わらない、

一流の人ほど傲慢にならず
謙虚に学ぶ姿勢を持つと言う事です。

科学の世界でもビジネスの世界でも、

数多くの天才を輩出した
ユダヤ社会ですが、

所詮一人の人間の能力も
知識にも限界があります。

一人で頑張っていても
できることは限られます。

自分より弱い者に対しても
幼い者に対しても、

謙虚な姿勢がなければ、
世の中では生きていけないのです。

一度成功を掴み頭に乗って、

放蕩三昧を楽しみ、高級品に
身を包むようになり、

仕事は誰かに命令するだけで、
自分磨きを忘れてしまったら、

たちまち転げ落ちてしまいます。

うまくいけばいくほど、
自分を律する姿勢が重要なのです。

特にユダヤ人は歴史上、

周りの世界は常に危険に
満ちた世界だったわけです。

成功すればするほど
腰を低く謙虚にしなければ、

ある日突然財産を没収され、
追放されることもありました。

一流の商人になりなさい

こんな苦渋に満ちた経験が、

ブドウのことわざに結集しているのです。

「人間には口が一つなのに
耳が二つあるのはなぜだろう。

それは自分が話す倍だけ他人の
話を聞かなければならないからだ」

と言うタルムードの教えもあります。

こうしたユダヤ人は繰り返し、
謙虚さの大切さを学んできたのです。

私もこれまでの人生で、
色々な人を見てきましたが、

どんな職業であっても、
一流の人ほど腰が低いです。

ちょっとうまくいって
傲慢に偉そうになる人は、

長期的にはその地位が続きません。

しばらくすると失敗や
問題を抱えるようになります。

そしてどんな職業でも
商人という事を忘れてはいけません。

商人はお客様がいなければ
生きていけないわけですから、
自然と謙虚になります。

哲学者でも芸術家でも、

腰の低い商人気質を持たないと、
一流にはなれません。

サービス精神、与える気質、
相手を思いやる心がなければ、

どんな分野でも成功できないのです。

自分が偉いと思うのは幻想なのです。

砂漠で魚を捕まえますか?

世の中を知るほど、
自分が無知である事を知ります。

自分はちっぽけな事を理解します。

すると自然と腰が低くなります。

この世は面白い仕組みになっています。

謙虚な腰の低い人より
傲慢な人が世にでることはありません。

一流になり偉くなるほど
謙虚になる法則があるのです。

ブドウの房が垂れ下がる、
たわわに実る稲穂が垂れ下がる、

物理法則のような者です。

自分の実力を磨き、
結果を出せば出すほど、

自然と頭が下がるのものです。

現代社会は、学歴や地位、
肩書きで判断される世の中です。

でもそれがあっても
謙遜の心を持たない人間は
衰退していく者です。

現代社会では知性や技術を
持つ人間は重宝されます。

が、それは便利だからです。

高い学歴、資格、名刺、
それはツールに過ぎません。

釘をさすのにトンカチは便利です。

長さを測るのにメジャーは便利です。

同じように人は知識を持っている
人を重宝しますが、

とんかちやメジャーそのものを
愛したり、尊敬する人は居ません。

大切なのは心であり、
思いやりであり人間性なのです。

一流の人ほど腰が低いのです。

広い心を持っている人こそ
人生の勝利者なのです。

ユダヤの教えはこれを教えてくれます。

「知性だけで人々に愛されようとするのは
砂漠で魚を捕まえようとするようなものだ。

魚は水がなくなると死ぬが、
人は礼儀がなくなると死ぬ。」

これもタルムードの教えです。

私も含め人間は傲慢に
陥りやすいものです。

だからこその戒めを常に身近に
置くユダヤ人は強いのでしょう。

私たちも参考するべきでしょう。

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