ユダヤ人の旧約聖書を学ぶタイミング、アイデンティティとは?


我々人間には住む土地が必要ですが、

長年住み慣れたその土地に愛着を持ち
アイデンティティを持つように
なるのは普通です。

これが太古の昔から人間に
刻まれた本能でしょう。

現代社会であっても通常であれば、
外国に暮らしていれば、

世代が経てば経つにつれ
その国のアイデンティティを
持つようになります。

例えば昔、

日本からブラジルに多くの
移民が移り住みました。

ところがブラジルで住む
ほとんどの日系人は、

日本語も知らず、東京と京都の
違いも分からなくなります。

日本人としてのアイデンティティより
ブラジル人として生きるようなります。

アメリカに住む日系の人も普通は
日本人のアイデンティティを持つ
事はなくなって行きます。

これはどの民族でも同じでしょう。

その土地に同化するのが普通です。

しかし、

ユダヤ人はユダヤ人としての
アイデンティティを保ち続けます。

祖国を失い世界中に離散し、

その離散先で2000年近く
生き延びた唯一の民族なのです。

ユダヤ人アイデンティティの根源


祖国を失い、バラバラに離散し
住むことを余儀なくされた…

そんな悲しい命運となった民族は
歴史上で数え切れないほどあります。

しかし、

彼らはユダヤ人としての
生き方を失いませんでした。

例えば

ブラジルに住むユダヤ人は、
ブラジル人としてではなく、

ブラジル系ユダヤ人として生き、

アメリカならアメリカ系ユダヤ人、
ドイツならドイツ系ユダヤ人、
中国なら中国系ユダヤ人、

として、

その国の住人であると同時に
ユダヤ人であるという、

アイデンティティを失いません。

これは非常に特殊な事です。

長い歴史の中で、

何度も迫害され、財産を没収され、
家を焼かれ、土地を追放されてきても、

生き延びてきただけでなく、

アイデンティティを保ち続け、

現代では世界中に影響力を持ち
遂にはイスラエル建国を成し遂げた…

これも「書物の民」と言われる、

世界で最も「教育」に力を
注いだ民族だったからこそ、

そして旧約聖書を始め
タルムードやトーラーなど聖典の

知恵と教えを受け継ぐ家庭教育の
システムがしっかりあったからこそ、

伝統が守られたのではないでしょうか。

我々もこの部分は着目すべきでしょう。

旧約聖書を学ぶタイミング


そんなユダヤ人の教育において

トーラーや旧約聖書を教える
タイミングというものを大切にします。

物事にはタイミングがあり
教えるタイミングを誤れば
子供の成長は阻害される事もあります。

教育熱心な両親は
子供の発育を良く見ています。

トーラーを学ぶのに最適な時期の
トーラーやその解説書を教えようと
常に考えているのです。

農作物を畑で育てるにも
タイミングがあるのと同じく、

ユダヤ教では学びにも
タイミングがあると考えます。

つまり種を蒔く時期に蒔かず、
雨が降る時期を逃して蒔いてしまったら

その種は土の中で腐っていまい、
そこからは良い芽は発芽しません。

また時期が早く土壌がまだ肥沃
でないうちに蒔いてしまっても、
良い作物を作る事が出来ないのです。

それと同じく、

トーラーや旧約聖書を学ばせる
にも最善のタイミングがある

と考えているのです。

そして、

この教育の責任は学校にあるのではなく
「家庭」にあると彼らは考えます。

つまり、

こうした家庭教育こそがユダヤ人
としてのアイデンティティを保つ
文化なのでしょう。

アインシュタインも学んだトーラー


ユダヤ人の家庭教育では、

一般的には文字を読み始める
5歳でトーラーを読み始め、

10歳でトーラーの注解書
(タルムード)を学ぶと言います。

さらに13歳になると
「バルミツバ」(掟の子)
というユダヤ教の成人式を迎えます。

この13歳までの教育は親、
特に父親の責任と考えられています。

学校の義務教育とは別に
ユダヤの子供はトーラーに基づき、

父親から文化や歴史、
掟、道徳などを学ぶのです。

こうしてユダヤ人のアイデンティティ
は語り継がれるのです。

バルミツバを迎えると、
トーラーの掟を守っていくのに
十分な年齢になったとされ、

ユダヤ教の礼拝所で多くの人の前で
トーラーを朗読する一員に加えられる
ようになります。

現代のイスラエルでも小学校の
義務教育でもトーラーは必ず教えられ、

数学や理科といった一般の
義務教育と共にユダヤ人は

トーラーを通じてユダヤ人としての
生き方を学ぶのです。

あのアインシュタインも
12歳までみっちりとトーラーを
学んだという記録もあります。

ユダヤ人旧約聖書をなぜ学ぶのか?


そんなユダヤ人の信仰する
宗教であるユダヤ教は、

信じるものは救われるといった
キリスト教や、

念仏を唱えるだけで成仏する
という仏教などと違って、

「学び」の宗教とされます。

祈るだけ、唱えるだけなら楽ですが、

それより学ぶ方が大変でしょうが、

そういった厳しい土壌があるからこそ
強いとも言えます。

ここに固いユダヤ民族の絆が
生まれたのではないでしょうか。

我々が何かを学ぶ事に例えて
少し考えてみましょう。

例えば、

「聞き流すだけで英語マスター」

というフレーズのものもありますが、

聞き流すだけより、

読み、書き、話し、聞く、

と総合的に学ぶ方が英語力は
格段と上がるのは当然です。

つまり、

旧約聖書を深く学ぶ事で神に近づく
事が出来ると信じているのです。

古代ローマ帝国の時代に、

皇帝はユダヤの掟を守る事やトーラーの
勉強を禁じる法律を出しました。

しかしラビと呼ばれる
ユダヤの指導者たちは、

それに反抗して殉教したのです。

また12世紀のスペインで生まれた
ユダヤ人に

マイモニデス(Maimonides)

という人物がいます。

彼はユダヤ教の偉大な哲学者で
医者でもありました、

その影響力は、あのユダヤ人の
エジプト脱出を導いたモーセ
にも例えられ、

モーセ以来の指導者

だと言われています。

そのマイモニデスが、

「学ぶ事の最終目的は、
創造者である神を知るためである」

と言ったといいます。

つまりトーラや旧約聖書を
必死に学ぶ事によって、

精神的に高い境地、より神に近い
境地というものに到達できる

…とユダヤ人は信じて
学んでいるという事です。

そして両親は子供にその教える
タイミングを見ているという訳です。

いずれにせよ「教育」というのは、

ユダヤ人がサバイバル、そして
アイデンティティを保つ為に
切っても切れないものであり、

我々日本人も見習うべきところが
たくさんある慣習と言えそうです。

P.S.

ちなみに「旧約聖書」という言葉は、

「旧約」は古い契約の意味で、
「新約」に対するキリスト教の
立場から呼ぶものです。

(old testamentとnew testament)

ユダヤ教では「新約聖書」を
聖典として認めませんから、

わざわざ「旧約」とは言わず
ただ聖書(バイブル)と呼びます。

便宜上、ここではあえて
旧約聖書と書かせてもらいました。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

こちらの記事もおススメ

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。