ユダヤ人のメンターを持つ習慣、指導者ラビの存在意義や役割

ユダヤ人のメンターを持つ習慣(ラビの存在意義)
今回のテーマは、

ユダヤ人のメンターを持つ習慣、
指導者ラビの存在意義や役割

について紹介します。

優れた結果を残す人の背後には
優れた指導者、先生の存在があります。

自分を適切に導いてくれる
人の存在は重要です。

ユダヤ人にはメンターを持つ習慣があります。

中でもユダヤ教における宗教的指導者
ラビ(ラバイとも言う)は

そのメンターとしての役割を担う
事が多いです。

投資でもビジネスでも
どんなことでも相談できる優秀な先逹
がいれば成功の確率はぐんと上がります。

そういった意味でもメンターは必要であり、

誰をメンターにしたかによって
あなたの真価も問われます。

ユダヤのラビはユダヤ教のことを
よく知っているだけでなく、

学識者で、人格者で、
コミュニティーのリーダーなので、

ラビをメンターにするユダヤ人は多いようです。

困ったことなどがあればラビに気軽に相談したり、

日常的にも、それぞれの
方面で成功している人の所に、

ユダヤ人は話を聞きに行ったりするようです。

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指導者ラビの存在意義や役割

ユダヤ教では導師の事を
ラビと言いますが、

彼らの最も大切な仕事は、

ユダヤ教礼拝を主導し、
祈り、祀りの持つ深い意味や意義を
信徒に教える役割です。

とは言えラビの場合、

プロテスタントで言う牧師、
カトリックで言う神父のように、

霊的指導者の役割の仕事のみに留まらず、

その役割の守備範囲は幅広く、

本来なら弁護士、心理カウンセラー、
経営コンサルタントが答えるべき、

様々な相談事を信徒たちは
ラビの元に持ち込むのです。

こうしたユダヤ人信徒のニーズの為、

ラビ養成の大学院では、

当然授業の大半は教典学習ですが、

ラビ資格取得の為の論文について、

本来のユダヤ教学だけでなく、

政治学、社会学、歴史学など
幅広い分野からテーマを選び、
執筆するようです。

だからこそ高い教養や幅広い知識が
なくてはラビにはなれません。

そして、地域の同胞のメンターとして
精神的支柱となるのです。

指導者としてラビは礼拝の説教でも
宗教に話ばかりでなく、

社会問題など様々なテーマを
取り上げる事ができます。

メンターは惜しみなく与える人

こうした、教わり・教える

と言うシステムはユダヤ教の
知的ネットワークとして

重要な役割をしているようですが、

ビジネスの世界でも
こうした関係は重要です。

不動産投資で成功した
あるユダヤ人の知人ですが、

彼のもとには、不動産の話や
ビジネスの話を聞きに来る人が
たくさんいます。

日本の普通の感覚では、

成功者はノウハウを一人占めし、
周りは妬みから離れていく…

といったイメージがありがちなのですが、

ユダヤ人は妬んだりせず
人の成功を祝い、

どうやって成功したのか聞き、

聞かれた人も親切に教えます。

そんな成功者のアドバイスがあれば
成功のスピードも確立もぐっと上がります。

華僑にも同様のネットワークがありますが、

仲間たちの成功を支え合える
ウィンウィンの関係があれば、

ビジネスも上手く行くでしょう。

その中でもリーダーであり
メンターの役割をする人物の存在は
非常に需要なのです。

メンターになる事のメリット

私もビジネスをやる上で
なるべく上手くいった人に話を聞き、
素直に実行するようにし、

自分が仕事で上手く行ったことなど
できるだけ教えるようにしています。

そんなに教えたら、競争が激しくなるから
自分の首を絞めるようなものではないか?

と言われる事もありますが、

仕事は限りなくあるものですし、

周りのレベルが上がれば
日本のビジネスのレベルが上がり、

結局得するのです。

きれいごとではなく、

結局のところ、周りまわって
自分や自分の子供たちの世代に
恩恵があると期待しているのです。

良くセミナーの講師をする人が

教えることによって、自分の頭の中が
整理されたり、

足りない所を自分で調べたりすることで
自分のレベルがアップすると言いますが、

与えることで得る事も多いのです。

だからこそ、メンターをもって、
教わり教えるというサイクルは
重要なのです。

私も何か達成したい時は
必ずメンターを持つようにします。

まず自分が色々と勉強して
その道に詳しくなってから、

その道で一流と思う人を
メンターにするのが私のやり方です。

メンターを作る上での注意点

ただし注意が必要なのが、

メンターに教えを請うのですが、
権威に屈しない事、

メンターを神のように崇めず、
対等の立場でいる事、

そして自分が真剣に取り組み、
行動で示す事です。

日本では先生と言うのは
儒教からくる思想で

先に生まれた人=先生で

先生であれば誰しも尊敬すべき
と言う思想がありますが、

これは少し危険と言えます。

優秀なメンターを師に
しなければ行けませんし、

そこには年齢や性別、国籍は
関係ないのです。

自分より優れている部分があれば
誰であろうと先生ですし、

自分がその人より
優れている部分があれば、

自分が先生になります。

日本にもありますが

ユダヤの教えには「恩送り」
と言うものがあります。

上手くいったものに関しては、
次は自分が誰かのメンターになる。

これで本当のウィンウィンの関係が
作れるのではないでしょうか。

ユダヤ人のメンターとしての指導者ラビ

ちなみに、指導者ラビのメンター
としての存在意義ですが、

ラビになる事は簡単な事ではありません。

ラビの養成大学院には、

世界中のユダヤ教徒団から
求人依頼がきます。

卒業間近のラビ候補は、

報酬、勤務条件、自分の実力を
など勘案して、

ここへ赴任したいと言う申し出をします。

ラビの待遇はピンからキリまでで、

ラビの報酬は地元信徒団からの
献金でまかなわれる為、

信徒団に裕福なエリートが
ひしめくマンハッタンなどの、
ラビの実入りは断然良いようです。

候補者たちはその後、

現地に赴き面接試験を受けますが、

その際、候補者は、

霊的指導者、助言者としての資質、
声望、役割の発揮だけではなく、

血統、家柄まで選考対象とされ
格付けが行われます。

格付けの低い候補者であれば、
僻地の実入りの少ないシナゴーグ
にしか勤め先がないと言うのが現実で、

ラビの世界にも厳しい競争があるようです。

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