疲労と疲労感の生理的、身体的、精神的、心理的な意味と影響

疲労と疲労感の生理的、身体的、精神的、心理的な意味と影響
今回のテーマは、

疲労と疲労感の生理的、身体的、
精神的、心理的な意味と影響

について紹介します。

現代社会は

「疲れた…」と感じる人が
多いようです。

しかしよくよく考えると、

疲れたという状況の定義は
難しい物です。

格闘ゲームのように体力ゲージがあり、
それが無くなってきたら

「疲労」を感じる…といった
単純な物ではない気がします。

ところが人はよく

「何だか最近、疲れが
なかなか抜けなくてさ」

「身体がだるい、重い、痛い」

というセリフも良く耳にします。

さらに最後には共通して言うのが

「もう歳だからでしょうかね」

と、

果たしてそうなのでしょうか?

単純に疲労と老化の影響をセット
にして考えて良いのでしょうか。

ここでは疲労の意味やメカニズムについて
少し深く考えてみましょう。

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疲労の身体的、心理的な意味

厚生労働省が管理する

「みんなのメンタルヘルス」

というホームページがあります。

そこを見て行くと、

Q&A方式で、疲労や全身倦怠感
に関する記載があるのですが、

そこで

「身体がだるくなり、疲れが
とれないのはどうしてですか?」

という質問があります。

その答えを要約して紹介すると
およそ以下のような答えになります。

長時間の運動や仕事で誰でも
疲労が生じるが、

それは末梢疲労と中枢疲労
に分ける事ができます。

運動などで起こる筋肉の疲労が
末梢疲労、

脳が疲れを感じている状態を
中枢疲労と言います。

中枢疲労は、長時間の考え事や
緊張状態の持続などによる
脳の調整能力の低下、

また食生活の乱れや不規則な
生活にも起因します。

そして、十分な休息の後に
回復するのは生理的疲労だが、

回復しない場合はその背景に何らかの
病気があるかもしれません。

さらに、身体症状が続く場合は、
医療機関を受診する事をお勧めします。

一般的には内科などで検査を行い、
そこで異常が見られない場合は、

精神科や心療内科を紹介される場合もあり、
うつ病だと診断される事もある。

と言ったところでしょうか。

疲労は心と身体から声、サインである

もちろん西洋医学と自然治癒の
考え方は大きく違うわけで、

私自身は、最後の結論には
異を唱えたい部分はありますが、

なるほど疲労のメカニズムについては
学ぶことがあります。

疲労というのは確かに身体
からのサインです。

「もう休みなさい」という
身体からの声とも言えます。

以前に紹介した、炎症や痛みと
同じく身体の異状を示すサインで、

これを放置すれば悪化してしまうから、

このサインの段階で何頭の
手を打っておくことは重要なのです。

そして単純に疲労といっても、

種類があり、奥深いメカニズムが
ある事も理解できます。

身体の疲労だけでなく、
脳の疲労、精神的心理的な疲労は、

分けて考えなければ行けない
というのは重要な事でしょう。

疲労には生理的、身体的なものと、
精神的、心理的な意味があります。

しかし、「最近疲れが抜けない」

という症状から、最終的に精神科や
心療内科の診断にまで話を発展するのは
実際には危険ではないでしょうか。

疲労と疲労感の老化への影響

具体的なやり方は別の機会で
詳しく紹介しますが、

「疲れたなら休む」というのが
やはり解決法として正しいわけです。

多くの人は休むと言いながら
実際には遊んだり怠けたりと、

心と身体の回復ステップ、充電方法を
理解していない部分があるのですが、

そもそも先ほどの厚労省の
流れのように、

疲労感を深刻な影響があると
考えてしまう事は危険です。

私の知人にもまさしくこの経路を辿り
病人扱いされた人がいます。

精神的、心理的な影響は
しっかりと考えるべきでしょうが、

最近では比較的容易に
「うつ病」という診断が下される
ケースが多いのです。

それを軽く捉える患者も増えています。

確かに物事を深刻に捉えず、
考え過ぎないという思考法は、

心身の健康に大切ですが、

問題はあまりにも容易に心療内科
に訪れてしまう事です。

そこでは何かしらの「治療介入」が
行われるケースが多いです。

薬の投与がされたり、
その人は病人というくくりとなり、

「回復、充電」ではなく「治療」
が行われてしまうわけです。

疲労から身体的、心理的な意味で
回復充電させるアプローチと、

治療するアプローチは似て非なる物です。

これを間違ってしまえば、
弊害が多くできる事になりかねません。

疲労と疲労感に治療は必要か?

もちろん治療が必要な
ケースもあるでしょう。

しかしその診断が見当違いで、
別の所に原因があればどうでしょう。

治療の効果が見られず、
ならば次の手と、

さらに副作用の強い薬品が使われたり、

と出口のない無限のループに突入し、
取り返しのつかない事態になる事もあります。

私の知人も、疲労から
本来であれば休めば治ったであろう
症状にも関わらず、

病院に係自体が深刻化した
ケースがあります。

似た話は良くあるとも聞きます。

容易に疲労感=病気と捉えては行けません。

こうした弊害を少しでも減らす為には、

やはり自分の身体を真剣に向き合い、

多くの人が体の声を聞く事の重要性を
もう一度思い出す人があると思います。

なのでここで

「疲労とは何か」ともう一度
じっくり考えてみましょう。

身体的、生理現象として

エネルギー不足や栄養不足、
運動、労働に伴う筋疲労など、

分かりやすい症状とは別の視点で
疲労を捉えてみると

ひとつのキーワードが浮かんできます。

疲労と疲労感の違い

「主観的か客観的か?」

という捉え方です。

そもそも

「疲労と疲労感は同じものではない」

という認識をまずしてほしいと思います。

疲労というのは主観的な物、自分が
勝手に感じる物と思うかもしれませんが、

疲労というのは実は
客観的に図る事ができます。

アスリートであれば
パフォーマンスの低下として、

目に見える化たちとして運動データ
として示される事があります。

普通のビジネスマンであっても、

疲労によって作業効率が落ちてくれば
自他ともに認識できます。

睡眠不足のまま働けば
誰もがパフォーマンスの違いを感じます。

だからある程度客観的に
図る事ができるのです。

一方で疲労感ならどうでしょう?

例えばアスリートであれば、

長丁場の試合を終えた後、

普通なら身体的にも心理的にも
くたくたで疲労困憊のはずですが、

不思議と疲労を感じず、
もう一試合くらい平気でこなせると
思う時があるようです。

疲労感と疲労なら対処法も変わる

こう言う選手の身体をチェックすれば、
もちろん生理的疲労を示す客観的な
数値データは洗わせるはずです。

しかし本人の主観的にはそれを
身体で感じていないのです。

つまりこの場合、疲労はしてても
疲労感はないという事です。

これが人間心理の大変
興味深い所です。

身体と心理にはまるで別の意味の
メカニズムが働いているようです。

そしてこの疲労と疲労感の違いを
私たちはまず認識せねばなりません。

もちろん先ほどとは逆の
パターンも存在します。

例えば、

仕事でとても苦手としている
上司と丸一日行動をともにした場合、

仕事内容は座って話を聞くだけ…

という簡単な物であっても、

その日一日はとても長く感じられ
終わった後は身体も心もぐったりし、

心身ともに疲労困憊になるという事です。

これは身体の生理的疲労以上に
心理的、精神的に感じる疲労が強い状態です。

つまり

「疲労感」というのは主観的な
ものであり、

実際の疲労とは異なる事があるのです。

そして疲労感を左右する大きな
要素があるのですが、

次回はもう少しこのテーマについて
深堀して考えてきましょう。

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