健康の定義と医学の本質、病気と治療の考え方と常識と誤解

健康の定義と医学の本質、病気と治療の考え方と常識と誤解
今回のテーマは、

健康の定義と医学の本質、病気
と治療の考え方と常識と誤解

について紹介します。

ここで考えてみましょう。

健康とは何でしょうか?

色々な考え方があると思いますが、

私は健康というのは、

生産的な心身の状態と定義しています。

我々人間は脳を中心に体全てを使って、

絶えず生産活動を続けています。

生殖や生存だけでなく、

日々の細かい行動、

朝起きて歯を磨くことも、
通勤電車に乗ることも、
新聞を読むことも、
スマホをピコピコいじるのも、
風呂に入るのも、
テレビを見るのも、
YouTubeを見るのも、
睡眠を取るのも、

全て生産活動の一環です。

そして生産ができなくなる
状態が病気であり、

生産終了状態が死です。

このときの生産というのは、

生命にとって価値のあるものを
生み出すことを意味しますが、

その価値というのは、
精神的、肉体を問わず、

生命に喜びを与えるものである

と定義できます。

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健康に価値がある理由

生命は喜びを求めているのです。

そして生命の喜びを与える活動が
生産と言えるでしょう。

そして最大の生産は、

再生産、、則ち子供を
生み育てることです。

生殖活動が生命にとって
最大の生産活動でしょう。

もちろん他にもたくさんの
喜びがあるわけですが、

人間も生命を有する者は

24時間365日絶えず
生産活動を続けているのです。

生産することが生命の本質であり、
生産力を高い状態に保つことが
健康管理なのです。

だからこそ健康には価値があり、
誰もが求めるものでしょうが、

そのやり方に多くの人は
混乱しているような気がいます。

ここで、

健康を生産的に理想の心身状態

と定義した上で、

生産を価値の創造と定義し、

価値を喜びの源と定義して、

真の健康を手に入れる為の
やり方についてこれから
一緒に考えて行きましょう。

常識こそが誤解となるケース

こうして健康の定義を考えてみると、

現代人の多くの人が持つ
健康の定義というのは、

「健康=病気ではないこと」

と思っているような気がします。

病気になれば病院に頼り
医者にかからなければ健康である

という考え方が、そもそも
誤解の始まりな気がします。

「医学とは病気についての学問である」

という言葉がありますが、

この定義は医学の本質から見れば
半分合っていて半分間違っていると感じます。

かつて、「地球は平らである」
という地動説が当然とされていました。

海の彼方には崖があると
信じていた人たちが誤解していたように、

我々現代人も医学は病気に関する
学問という誤解をしているのです。

一定期間ある集団で常識と
化した考え方や思考習慣というのは、

新しい世界観を提示されても
なかなかそれを受け入れようとしません。

だから健康や病気に関する
考え方というのも、

どうしても常識的な考え方に
従ってしまうのでしょう。

医学の本質は「病気」か「健康」か?

病気になれば医者に診てもらい、

出された薬を飲み、
ひどい場合は手術をする

というのが当たり前です。

だから医学は病気についての
学問であると考えられるのも
無理はないでしょう。

しかしです。

医学は健康についての学問です。

これが医学の本来の使命を
表した考え方のはずです。

病気にどう対処するか?

…ではなう健康をいかに維持するか
その方法を研究し教育することが

本体の医師の仕事の仕事であるはずです。

しかし現在世界中の医師たちは

病気を研究し、治療することが
あたかも本道のように振る舞っています。

医師たちの多くも医学の
本質を見失っているようです。

もちろん我々患者の側も同じです。

現代医学の健康の定義と医学の本質

診断と治療を臨床医が担当し、

それらの分子生物学的解説を
研究医が行う、

という現代の医学のスタイルは、

19世紀にドイツやフランスで
始まった習慣です。

足し個にこのシステム自身は多くの
成果を生み、

奇跡的な実験や発見も生みましたが、

重要な観点が抜けている気がします。

それが、万人が理解でき、
実践できる予防医学の理論と教育です。

健康を維持する知識とやり方が
なければ、

医学の本質から外れてしまうはずです。

全体と個に対する考え方と誤解

科学というのは仮説の上に成り立つ体型です。

そのとき科学者は、
部分観察者でしかありません。

そこに全体は盲点となるのです。

宇宙という一つの大きな生命体を
無限小に分割し、

その小さな部分を障害かけて観察し、

仮説を立てて証明して行くのが
科学者の使命です。

そして多くの科学者は
こうして見出された部分を

パッチワークのようにつなぎ合わせると、
その和が全体になると信じているのですが、

これも誤解でしょう。

部分の和と全体は一致しないのです。

なぜなら宇宙は足し算ではなく
掛け算でできているからです。

例えば、

家族という単位を考えてみましょう。

あなたという個がいて
伴侶という個がいて
子供という個がいて、

1+1+1=3

があなたの家族でしょうか?

そうではないはずです。

あなたと伴侶の関係性がそこにあり、
伴侶と子供の関係性があり、

それが社会とも関わり、

そうして全体が構成されるわけです。

あなただけ観察し、伴侶だけ観察し、
子供だけを観察して

家族を理解することはできません。

単純な部分の和ではなく、
部分の積が全体を構成するのです。

ですから科学者のように、

部分だけを観察しても

その性質から必然的に
袋小路にハマってしまうのです。

こうした極度のたこ壷型専門分化が

21世紀の科学が到達した
限界と言えるのではないでしょうか。

治療を信じ予防を忘れた現代医学

医学も同じです。

細かく専門に分かれています。

西洋医学の世界では1万以上の病名があり、

その診断基準は洗練を極めていますが、

治療方法が確立しているのは
たかだか100前後の病しかありません。

しかもその

服薬、注射、処置、手術

と言った治療は全て一つの例外もなく、
「対処療法」なのです。

現代医学には今の所、

根本から健康を維持し病気を予防しよう
とするカラダ作りをする

根本療法はありません。

21世紀まで医学界で予防医学の
理論を生んだ医師研究者はいないのです。

そして、対処療法の技術だけが進み、

あまりに複雑化し、本質を
見失っているのが現代人特有の
特徴ではないでしょうか。

もちろんこれは

医学界だけではなく、
製薬会社、マスコミなどを含め

社会全体で作り上げた
常識と言えるでしょうが、

こうした時代の中、

いかに私たちが健康を取り戻すか。

こうした風潮で生まれる誤解を
いかに解いて行くか、

健康の定義と医学の本質、
健康や病気と治療の考え方について

一緒に考えて行きたいと思います。

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