孔子論語に学ぶ上司を敬う方法、部下に尊敬される人格の磨き方


目上の人を敬う精神は、

日本、東アジアで共通する
価値観と言えるでしょう。

儒教文化が浸透したいるわけです。

さて前回、コミュニケーションの
思いやりという話で、

上司と部下の関係に触れましたが、

組織で仕事をする以上
避けて通れないのは、

上司と部下の関係、

これは歴史上、君主とは以下の
関係から変わらない人間関係であり、

リーダーがいて組織を引っ張る、

この関係性の構築こそ、
豊かさのカギになるわけです。

そして、不変の人間心理がある以上、

古典の知恵は現代に
活用することは可能です。

上司に認められない、

仕事を真面目にこなしているのに
評価をしてもらえない...

と嘆く人は多いです。

しかしあなたがどれほど期待しても
名伯楽と言われるような、

人材を発掘し育てられる上司は
それほどいるわけではありません。

自分と置き換えれば分かると思いますが、

たいていの上司は、

自分のことで精一杯です。

部下の実力を認めるほど
心に余裕もありません。

また部下が認められ
自分を追い越して行くことに、

嫉妬心を抱く上司もいるでしょう。

この辺りの前提を意識しましょう。

華僑成功者流人格の磨き方

やがて上司と部下との間には
摩擦が生まれたりするのですが、

この問題に対して適している
華僑成功者が熟読する

古典のエピソードを紹介します。

孔子は「論語」で、

弟子から「君子とは?」と問われ

「己を脩めて以て敬す」

と答えました。

この意味は、

自分の人格を磨くことを
怠らないで相手を敬えば、

人々は自ら安らかになると
いうことでしょう。

人を引っ張る、人を動かすというのは
口先だけの話ではないのです。

孔子の言葉としては、

仁や義、礼に良く言及されますが、

敬、恭などの言葉も重視します。

敬には、自分の行為を怠ることが
ないという意味がありますが、

上司を敬い、包み深く接する
ということも意味しています。

そう思ってこの言葉を理解すると、

これほど上司に対する態度を
教えてくれる含蓄のある言葉はない
と感じます。

孔子「論語」に学ぶ上司を敬う方法


上司も部下も結局の所、

人格の磨き方が重要なのです。

上司を敬い、包み深く接するということは、

何もゴマをすったり、言いなりに
なったりすることではありません。

何かしらのテクニックで
上司に対応しようとする人もいますが、

そうではなく全ては自分なのです。

自分の信念をしっかり抱き、
上司と対等に対峙することです。

そうすれば自然と上司を敬う
事ができるでしょうし、

上司としてもこの方法で、
部下に尊敬されるようになります。

とにかく嫌な上司だからと言って
逃げているのが最悪の方法です。

自分が変わるのが一番
重要で手っ取り早い方法です。

びくびくせずに、

堂々と「お言葉ですが」とか
「私の意見を申し上げてよろしいでしょうか」

などと相手を敬い包み深く接すれば
自ずと上司は変わって行く…

というのが孔子の論語に学ぶ
孔子論語に学ぶ上司を敬う方法なのです。

上司と部下の軋轢は永遠のテーマ

コントロールできるのは
「他人」では無く「自分」です。

他人の行動や動向にいちいち
愚痴を言っている暇があれば、

自分を見つめ直しましょう。

今も昔も有能な人が
なかなか良い上司に恵まれない

という悩みはあるようです。

中国史では春秋戦国時代、

楚(そ)の国に屈原(くつげん)

という詩人であり政治家であった
人物がいました。

屈原は有能かつ清廉で、
王の信頼が極めて厚かったですが、

そのため周囲の妬みを買い、
讒言(ざんげん)に遭います。

つまりありもしない事柄を
でっちあげられて、

おとしめられたのです。

最後は懐に石を抱き、

川に身を投じて死んでしまいました。

この死んだ日が5月5日で、

屈原の死を悲しんだ人々が身を
投じた川にちまきを備えたことから

こどもの日にちまきを食べるように
なったとも言われています。

部下である屈原の悲劇は、王、
則ち上司に恵まれなかったこと
といっていいでしょう。

王は、周囲の風評に耳を貸してしまい、

自分を一番大事に思ってくれた
屈原を死に追いやったのです。

こうした事例を数多く見聞きして、

孔子は論語で「上司を敬うこと」
「部下に尊敬される人格の磨き方」

を説いたのではないでしょうか。

部下に尊敬される人格の磨き方

それから何千年も経た現代でも、

上司に恵まれないでいる
部下はたくさんいます。

屈原が川に身を投げる際に
詠んだと言われる歌に

「懐沙の賦」というものがあります。

そこには自分の思いが
認められない事を嘆き

「伯楽すでに没す、騎、はたいずくんぞ程らん」

と謳っています。

「伯楽と言われる人はもはやいない。
駿馬を見極める人がいない寂しさよ」

という意味です。

しかし屈原のように自殺するのは
実は最大の逃避行為ではないでしょうか。

逃げていても状況は変わりません。

それ以外にできることがあります。

自分以外を敬う事、少しでも
尊敬されるために人格を磨くこと、

できることはあるのです。

上司に認められない憤りは
過去から多くの人が抱えてきた

と思えば少しは安心するものです。

もちろん心理的に言って、

自分を評価してくれない上司や
尊敬できない上司と一緒に

仕事をするのは耐え難く
ストレスを感じるものです。

でもそのときはまずは自分を
変える事しか出来ないのです。

それが孔子が「論語」で言う

「己を脩めて以て敬す」

ということでしょう。

逃げるのでなく自分を磨くのです。

手始めに上司に敬意を込めて

「おはようございます」

と元気よく挨拶してみてはどうでしょう。

こうしたささやかな積み重ねによって

上司の方もあなたを見る目は
きっと変わってくるでしょう。

そしていつの日か上司になれば

部下に尊敬されるべく人格の
磨き方を忘れないようにしましょう。

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