中国語で貴人(メンター)と出会う、古典を華僑が重視する理由


成功者は人との出会いを重視します。

成功は人からもたらされる
という事を熟知しているからです。

欧米でも日本でも、
人とのつながりを重視する
成功者は多いですが、

とは言え、

誰でも良いから出会えば良い
わけではありません。

特に大事なのは自分自身を
高めてくれる存在なのです。

ここで、

華僑は貴人、古典を重視するそうです。

この理由はなんでしょう。

中国語で「貴人」というのは
いわゆるメンターのことです。

グイレン(Guiren)と読み、

自分を輝かせてくれる
貴い人という意味があります。

メンターというのは成功へ
引っ張ってくれる存在です。

ビジネスのみならず人生そのものを

自分の力だけでは到達できない
高みへと導いてくれる。

自分より高い視野を持っている。

その人との出会いが人生の
ターニングポイントになる。

そういう人物が貴人です。

例えば、

三国志という物語(歴史?)の中でも、

蜀の劉備玄徳は

当代、随一の知恵者とされた
諸葛亮孔明の知恵を借りるために
三顧の礼で迎えた話しなど有名です。

それほど出会いを重視するのです。

いつまでも貴人との出会いを待つ


人脈の横のつながりは
もちろん大切ですし、

世界中にネットワークを
広げることは重要です。

そんな中でも、

華僑にとって師匠に出会える事は
非常に幸運な事で、

貴人を見つけるのは

ビジネス上の重要人物を見つける
よりもずっと難しいものです。

友人を作るのはある意味簡単です。

ギブアンドテイクの関係で
なんとかなるからです。

しかし…

自分より上の存在と仲良くなる
のはそう簡単ではありません。

だからこそ、そんな人物との出会い
こそ成功の最大要因と考えるのです。

メンターとの出会いというのは、

職業や地位や資産といった表面的な
プロフィールで判断できないですから、

華僑や中国人は四柱推命などで、

「いつ貴人と出会えるか?」

をまず占うと言います。

他人から学ぶべきポイントとは?


ビジネスの成功も人生の幸せも

貴人(メンター)次第、、

だから金運占いや恋愛占いは
後回しだそうです。

さらにビジネスはスピード主義
つら抜く華僑も、

運命の出会いは長く待っていられる
というのも華僑らしい所ですね。

そして貴人に出会うまで
師匠は古典を読む事と言います。

そこにもやはり悠久の
時の流れを感じます。

メンターと出会うことが
最大のレバレッジであり、
リターンの大きい行為ですが、

やはり簡単には出会えません。

宝くじに当たるよりも
困難かもしれません。

メンターというは何かの
分野に突出した人間です。

それだけ能力、人格、環境など
全てに卓越した存在です。

だからこそ、数は少ないですし、
向こうも弟子を選ぶものです。

その眼力も誰よりも鋭いのです。

だから一生かけてでもメンター
との出会いに投資する訳です。

そんな華僑ですが、

貴人との出会いをひたすら待つのみか

といえばそうではなく、

常に周囲の人々の良い所だけを見て
真似て自分の成長を促すそうです。

人間関係も合理的に考える


つまり、

人間関係の機微を見極めながら、

そして自分の実力を磨きながら
きっかけを待つというわけです。

ここで他人から学ぶために、

「良い所」だけなのがポイントです。

他人から学ぶ上で華僑が
重視するポイントは2つで、

・他人から得るべきは良い所だけ

・良い所を見出すのは興味のない人から

という独特なものです。

良い所だけを真似しようというのは
我々も理解できると思います。

が、

興味のない人からというのは
なかなか解せないと思います。

誰にでもひとつやふたつは長所が
あるのだから誰でも良いのではないか、

と思ってしまうものですが、

だからむしろ、敬愛する
人物から学ぶ方が良いのでは、

と普通は考えると思います。

でも実は、

「良い所だけ」にフォーカスする
と好感や興味が邪魔になるのです。

なぜなら好きな人に関しては

その人の悪い所も無意識に
受け入れてしまうからです。

その人物の丸ごとの魅力に
良い面も悪い面も包み込むため、

冷静に観察して優れた部分だけを
摘出する事が難しくなります。

だから「興味のない人」
でなければいけないのです。

「みんなと仲良くしよう」
「和を持って尊しとなす」

と言われて育った日本人は

誰とでもなるべく仲良く
しなければと思い込んで、

好きになるために相手の
良い所を見つけようとします。

それは華僑に言わせれば
ある意味修行のようなもの、

なぜそこまでして好きに
ならなければいけないのか。。

良い所だけを真似た方が得なのに

と、合理主義的な一面を覗かせます。

古典を学ぶメリット


さて、

メンターを見つけよう、

その人から良い影響を
受けて人間力を磨こう

という意識は日本でも
高まりつつありますが、

なかなか出会いがない、
尊敬できる人が身近にいない、

と嘆いている人も少なくないです。

こういった場合どうするか?

いまだ貴人に出会えていないなら…

出会うまでの時間を無駄にせず、
興味のない人の良い所取りをして

自分のレベルをあげておき、
来るべきチャンスに備えましょう。

むしろ自分の事を磨かずに
メンターが欲しいという

他人本意の考えでは
絶対に上手くいきません。

彼らはその辺りを確実に見抜きます。

メンターにとってもあなたと
つき合うメリットが必要です。

だからこそ、自分磨き
常に忘れない事が一番重要です。

またメンターになり得る人というのは、

それなりの人生経験を積んでいる人、
年配者である可能性は高いので、

彼らと話しをついていけるように
勉強する事も大切です。

華僑の場合、最低限として
孔子や孫氏など古典の教え

を学んでいなければ
相手にもされないと言います。

日本人でも年配の経営者は、

流行のビジネス論よりも
古典的ビジネス論を好みます。

私の知り合いの経営者は
古典的名著を毎日手書で書き写す
写経のような事をしているそうです。

何百冊の新しい本を読むより、
1冊の古典を深くマスターする方が
遥かにリターンが大きいとの事、

確かにその通りです。

先の見えない時代だからこそ、

不易流行の不易としての古典

迷い迷って結局は古典に戻るのです。

「古くさい、難しそう」と敬遠せず、

古典や古典的ビジネス論にも
目を向ける事をお勧めします。

こうして牙を研いでおくのです。

そうすれば今後訪れるであろう
様々な出会いから、

貴人となる人を直感的に見極め、

鋭い牙でがっちりと
チャンスをつかむ事ができるのです。

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