華僑が人間関係、ネットワークを広げるためにやる合理的な考え


成功している華僑の特徴は
一言で言えば合理的です。

損得計算が速いですし、
やること全てに意味があります。

メリット、デメリットを踏まえ
全ての選択をするわけです。

そんな華僑が人間関係、
ネットワークを広げるために
やる事は徹底しています。

例えば、華僑はほぼ100%
ペット(犬や猫)を飼っていると言います。

これはお金持ちの華僑だけでなく

ビジネス資金を貯めるために
節約している会社員の華僑家庭でも
必ずペットを飼うそうです。

これはなぜでしょう。

実は人とつながりを作り
ネットワークを広げるきっかけを
作るためだと言います。

ペットが好きだからではなく、
(もちろん好きな人もいるでしょうが、)

人とのコミュニケーションを
はかるためのダシとしてペットを
飼っているのです。

徹底した合理主義の一面は
こうした所にも現れますね。

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人と仲良くなるきっかけとして…

彼らは例えば、以前も紹介したように

商談相手を食事に誘う事や、

買い物は知り合いから買うなど

合理的に考え人間関係を広げ、
そして付き合っていきます。

犬を飼うのもその一貫です。

ちょっと想像してみてください。

大人になってしまうと
なかなか人と仲良くなるきっかけが
なくなってくるものですが、

ところがもしも
犬を飼っていて、散歩をしていると、

確かに通りがかりの人からも
「可愛いですね」など声をかけられます。

或は犬を飼っている飼い主さん同士で
仲良くなる事もありますね。

なぜか犬好き同士は
心を開き合う傾向があり、

それがきっかけとなって
挨拶を交わすようになり、

情報交換をしたり、
お互いの名前を覚えるようになったり、

そのうち家族の話し、趣味の話し
なども自然と出てきて親交が深まる事も
珍しくはありません。

ペットが会話の糸口となり、
人脈つくりに役立つというわけです。

初対面の人や顔見知り程度の人とも
スムーズかつスピーディーに
仲良くなれるのです。

ペットはネットワークを広げる武器

ここで会話の糸口としてなら、

子供の話しや趣味の話しでも良いと
思う人もいるかもしれませんが、

ペットでなくてはいけないのです。

その理由は、ペットはただ可愛いだけで
優劣がつかないからです。

子供の話しであれば、
通う学校、偏差値などの優劣、

ゴルフやピアノなど趣味の話しなら
スキルレベルで優劣がついてしまいます。

もし自分の方が上であれば、
相手の気分を害する恐れもあります。

敵を作らないようにする
面子にこだわる華僑ならではの
気遣いですが、

そう言った煩わしい気遣いをせず

写真などを見せ合って、
「可愛いですね」などと会話を
盛り上げられるのがペットなのです。

この辺りも仮想の敵を作る
プロパガンダ作戦を彷彿とさせる
似たような作戦でしょう。

さらにペット作戦には
合理的な理由があります。

またペットを飼う人の家庭は
たいていお金に余裕があります。

自分たちの生活に余裕のない人が
ペットを飼う事は少ないです。

つまり、、

必然的にお金持ちの良いネットワークを
広げる可能性が高まるのです。

私自身、犬の散歩がきっかけで
びっくりするような著名な経営者の
奥さんと仲良くなったこともあります。

華僑の場合、口では「可愛い」と言っても、
本当にペットを可愛がっている飼い主は
あまりいないそうで、

華僑にとってペットはあくまでも
コミュニケーションツールなのです。

中国では、犬は食べ物にする
地域もあります。

文化の違いがペット扱いにも現れるのです。

だから日本人はもちろん、

普通にペットを可愛がりながらも、

ネットワークを広げるための
会話の糸口として役立てても良いでしょう。

優先するのはとにかく人間

ペットを飼うのも

ネットワークを広げるため
人のコミュニケーションのため
というくらいですから、

華僑が何より優先するのは人間です。

中国を訪れた時、

歩道を歩いていたら
前からバイクに乗ったおじさんが

猛スピードで走ってきて
激しくクラクションを鳴らしてきました。

かなり驚きましたが、交通ルール
などもむちゃくちゃな所が多いです。

日本人であれば

「バイクは車道を走るのが
ルールなのに非常識だ!!」

と怒るでしょう。

しかし彼らは

「歩道を走りたいならそれで
良いじゃないか」

と気にもとめないのです。

中国人や華僑がルールを持ち出すのは、

人間同士のコミュニケーションで
解決しない場合のみです。

もしバイクのオジサンが人をはねても、

双方の話し合いで解決するなら
ルールを持ち出す必要がないのです。

お金で解決するならば
警察も要りません。

その場の人間関係が基本なのです。

どうしても話し合いで解決しないときに

そこで初めて法律と言う
ルールが出てくるのです。

もちろんどちらも
メリット、デメリットはありますが、

ルールを前提としすぎるから
日本人は頭が固いと思われます。

目の前にいる人間と対話すれば、
色々な方向に道が開けていくのに対して、

ルールを絶対とすれば
一方方向にしかススメません。

人が先かルールが先か…

よく考えれば確かに
ルールを守りすぎるのも、

おかしいような気がします。

華僑の合理的な考えは役に立つ


世の中のルールも便利なツールも
人間のために作られたのであって、

それらが人間よりも優先されて良いはずがない

と言うのが華僑の発想なのです。

正義を振りかざすのも同じ事で、

これが正しいのだと真っ向から
切り込む政治家が外交で返り討ちにあうのも

人間を相手にしていないからかもしれません。

1970年代のニクソン大統領の
中国訪問が成功した理由も、

「わざわざ出向いてくれた」

という面子が大きな理由だったと言います。

アメリカも合理的に柔軟に
この辺りを計算していたと言います。

日本人はこの辺りの
頭が固いような気がします。

ツールに溺れてしまい
ソーシャルネットワークに依存したり、

ルールを重視するが故に
窮屈な人間関係になったりと、

最近の、日本人はこの至極真っ当な
考え方を忘れてしまったのではないか
と感じる事もあります。

人と人とのコミュニケーションを
無視して先にルールを持ち出したり、

新しいツールが流行れば
それを使うのが社会の常識とばかりに
誰彼構わず押し付けたり、

それで華僑流を表面だけ
真似てみた所で成果は出ないでしょう。

合理的な華僑の教えを参考にし、

人間が基本と言う所に立ち返り、

ネットワークの広げ方、
コミュニケーションのあり方を

見直してほしいと思います。

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