ドラッカーの説く社会学、個人と組織、社会の相互関係とは?


今回のテーマは、

ドラッカーの説く社会学、
個人と組織、社会の相互関係とは?

について紹介します。

ドラッカーの説く個人と社会の関係
とはどういったものでしょうか?

ドラッカーの著作には
マネジメントに関するものだけでなく、

社会やコミュニティに関する
ものが多く、

それはマネジメントへの
関心から生まれたものだと

ドラッカー自身が述べています。

人間は社会的な動物です。

個人の正解は社会に対する
深い理解や相互作用の上で成り立ちます。

仕事の業績を上げるためにも、、

個人と社会の関係について
考える事は重要ですが、

社会学を考える上でもやはり
ドラッカーの意見はためになります。

ただこうしたドラッカーの社会論は

書かれた当時の時代背景を
考えないと、

なかなか理解しづらいからかも知れません。

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不安と混乱の中の個人と社会

ドラッカーが主として
社会と個人、そして組織の
相互関係を論じたのは、

1940年前後の事です。

当時世界は第二次大戦の
ただ中にあり、

社会秩序は不安定で
混乱の様相を呈していました。

現代の平和な日本では
想像しにくい事かもしれません。

またイデオロギー的には
マルクス主義が席巻し、

やがて世界は共産化される
のではないかと言う危惧が

欧米社会でも本気で
論じられていました。

そこでは社会と個人の関係は

「抑圧ー被抑圧関係」

などを軸に、いわば対立関係
として捉えられるような論調が
主流をなしていました。

しかしドラッカーは

「社会と個人は互いに補助し合い、
調和すべき関係にあると指摘し、

それが安定した社会を
回復するために必要であり、

また戦後社会においては

必ず個人と社会の関係が問い直されて
安定した社会がもたらされるだろう」

と予言していました。

そして実際そうなっている
と言って良いでしょう。

ドラッカーの社会論、社会学

ドラッカーの社会論、社会学を
簡単に言うと以下のようになるでしょう。

人間は社会と接点を
持たなければ存在できない
社会的存在です。

つまり相互関係にあるのです。

個人は、社会全体の中における
自分の位置づけや果たすべき役割を

認識する事で社会との
つながりを見出す事ができます。

位置づけや役割を確認できないと
人にとっては社会は存在しないも
同然と言う事になります。

また、社会の側も個人に位置づけや
役割を与えられないなら、

個人がバラバラに
動き回っているだけで、

そう言う集団は社会と呼べません。

個人が社会的な位置づけと
役割を持つ事は

個人にも社会にも
極めて重要な事なのです。

これを補足すると

私たちの個人は、

いきなり社会に属する事はできません。

組織や集団に属する事で
初めて社会とつながる事ができ、

その組織を通じて
様々な活動を行う事によって

社会貢献が可能になります。

組織や集団をいわば中間項として
個人は社会化され、

社会は個人に役割や
位置づけを与えています。

ドラッカーの言葉で言えば、

組織(それは企業であっても構わない)
は社会と個人の「きずな」として
機能している訳です。

人には所属の欲求がある

動物は群れをなして
生活をする事が知られていますが、

アブラハム・マズローの言うように、

人間には「所属の欲求」というのがあります。

いくらお金があり健康であっても、

人とのつながりが断たれてしまえば
精神を崩壊させる事になります。

失業が良い例ですが、

いくら貯金があっても、

何らかの組織に属していないと
私たちは社会との

回路を断たれたような気がして

ひどく不安になるものです。

どこにも所属先が無いと、

人間は自分の役割や位置づけを
社会の中に見出す事が
困難になりがちなのです。

さて、個人と組織と社会が
相互関係、補完関係にあると言う事は

個人の役割と位置づけは

そのまま社会全体の目的や
意味を規定してくる事にもなります。

だから人間の本質に関する基本理念、

つまり人間観は社会の基本理念となり

基盤とならなくてはなりません。

ドラッカーの考えた権力の正当性

この考えを土台にして、

ドラッカーは社会を司る
権力の正当性についても
言及しています。

「社会を統治するには何らかの
権力が必要だが、

その権力が正当かどうかは、

社会の価値観や理念との関連で決まる。

つまり、ある権力が理想的な
人間像に基づいて社会を

維持、発展させるために
様々な制度を動かしているなら、

それは正当な権力であり、

そうでなければ正当な権力とは言えない。

そして正当でない権力は
無責任になり、

必ず腐敗していく。」

以上をまとめれば、

社会は基本理念に従い、

個人に対して役割と位置づけを
与える事で、

初めて機能する事になります。

社会にはただ、機能しさえ
すれば良いと言う相対主義的な
立場を取る社会効率論もあれば、

一方効率や機能は無視して、

理念や目的しか求めない
絶対主義の立場もあります。

共産主義やファシズムはまさに

そのイデオロギー絶対の
原理を中心に据えた社会形態と言えます。

ドラッカーの社会学によれば、

このいずれも間違いで

「社会は『効率』と『理念』の
両面で構成されるもので、

いわば実用主義と原理主義と言う
二つの要素がバランス良く併存した時、

社会は正常に、かつ安定的に機能する」

と言っています。

人は二元論で善悪で
物事を考えてしまいがちですが。

これらの相互関係を統合して考える人こそ
賢者と呼ばれるのかもしれません。

今となっては正論すぎるほどのこの指摘も
恐らく異端のものであったでしょう。

それだけに時流にとらわれない
ドラッカーの冷静なバランス感覚と
明晰さが際立ちます。

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