ポスト資本主義、情報社会より知識社会で価値を持つ人材とは?


今回のテーマは、

ポスト資本主義、情報社会より
知識社会で価値を持つ人材とは?

について紹介します。

ドラッカーは

ポスト資本主義について
早い段階で本質的な洞察を行っています。

「ポスト資本主義社会とは
知識社会の事である。」

そしてドラッカーは述べています。

知識社会と言うのは情報社会とは違います。

「情報」ではなく
「知識」で形成される社会が

訪れると言うのがドラッカーの予見です。

ここでいう「知識」というのは、

簡単に言えば、

高度で専門的でありながら、
誰にでも教える事ができ、

学ぶ事のできる普遍性を持った
「社会に役立つ知識」のことです。

そして他の専門知識と
結びついて体系化(組織化)され、

初めて社会的、生産的な
成果を生みます。

つまりドラッカーは

「知識社会とは組織社会の事でもある」

と述べているのです。

では情報社会ではなく知識社会で
価値を持つ人材とはどういった人でしょう?

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知的創造経営とは?

日本では、
一橋大学教授野中幾次郎さんが、

「知識創造経営」

について論じており、
経営を知識創造の観点から考える
日本独自の理論です。

知識の創造と言うのは、

暗黙知を豊かにしつつ形式治化し

次にそれらを組み合わせ、

実践に結びつける事で
再び新たな暗黙知を形成する

ダイナミックなら螺旋運動の
プロセスであると野中さんは考えています。

この知識プロセスは

「共同化」「表出化」「連結化」「内面化」

の4つに分かれます。

共同化は暗黙知から新たに暗黙知を
生み出すプロセスで、

身体、五感を駆使し、
経験を通じた暗黙知の
獲得、共有、創出が行われます。

表出化は暗黙知から
新たに形式知を生み出すプロセス、

対話、思索による
概念、図の創造が、

連結化は形式知から
新たな形式知を生み出すプロセス、

形式知の組み合わせによる
情報活用と知識の体系化が行われます。

内面化は形式知から
新たに暗黙知を生み出すプロセスで、

形式知を行動、実践を通じて
具体化し、新たな暗黙知として
理解、学習が行われます。

「知識を生み出し続けるのが経営の本質」

と言う野中さんの考え方は

ドラッカーの言う
知識社会の重要な担い手である
企業の経営活動を新しい観点から
説明したものと言えるでしょう。

情報社会と知識社会の違い

ちなみにドラッカーが
ポスト資本主義の像を

「情報社会」と呼ばずに
「知識社会」と名付けているのは、

鋭い指摘です。

コンピューターの発展とともに
情報に対する概念は大きく変わりました。

まさに情報社会と言うべき
時代を私たちは生きているのですが、

知識社会と言うのはこれと
また違った概念です。

データが収集されると情報になりますが、

情報が蓄積されると知識になります。

つまり知識と言うのは、
情報を体系化したもので、

さらに個人の持つ知識が結集されて、
広く社会の常識や通念、

さらには文化へと昇華されるのです。

「情報と知識は明らかに異なっており
来るべき次の社会は情報と言う
無機質なものではなく、

知識と言う有機的な要素を中心に
形成されなくてはならない」

とドラッカーはこれを40年以上も前に
出版された1966年の「経営者の条件」
と言う著書で述べているのです。

知識社会をになう人材とは?

では、これからのポスト資本主義、

そんな知識社会に置いて
価値を持つ人材とはどういった人でしょう。

ドラッカーは

知識社会を担う人間を
教育ある人間と呼んでいます。

その特徴を一言で表現すれば、
両義的な人間と言えます。

「分析的な能力を持ちながら、
同時に経験的な近くを有する」

つまり論理的でありながら行動力もある。

学者的知識を持ちながら
実務家のリアリティも有している、

また地域社会に根ざし、
いい気分かに栄養を与えながら、

グローバルな視野やビジョンも持っている、

いわば

「Think globally, act locally」

を実践できる、
対極的な視点や能力を
併せ持った人材の事です。

これは企業に当てはめれば、

ゼネラリストとスペシャリスト
の両方の能力を持った人材が必要とされ、

また中心的な存在に
なっていくと言う事です。

総合的能力と専門的能力の
どちらかに偏るのではなく、

知識と実務の両方に
またがった知的実務家、

知的ゼネラリストと言った
双方向的な能力を養う事が
競争力を向上させる

知識社会の担い手となるのです。

構想力を持った人材の重要性

さらにドラッカーは、

専門知識と一般知識の
関係に付いても言及しています。

専門知識もまた、
一般知識として位置づけられなくてはならない

と強調しています。

経済理論を政治プロセスに
応用して仮説を編み出したり、

カオス理論によって
経済学に新理論が打ち立てられたり、

新しい洞察や発見は、
全く別の専門分野から
生まれる事も珍しくありません。

なので知識社会では

あらゆる知識が同等の
価値を持つ事になっているのです。

専門知識の深さにはそれほど深くなくとも、

それぞれの知識の価値を
正しく評価し、

それを大きなビジョンや
全体図の中で正確に、

位置づける事ができる
俯瞰の目、鳥の目を持った人材、

いわば部分を理解しながら、
全体を構想できるプロデューサー的な
能力を有した人物こそが、

これの社会には
絶対に必要になるのです。

ポスト資本主義、情報社会を超えた
知識社会で価値を持つ人材の特徴、

いずれにせよ両義的な人材の必要性は、

ドラッカーの予見した知識社会が
ますます発展する、現在、そして未来に置いて、

増す事はあっても減る事はないでしょう。

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