定年後幸せになる為セカンドキャリアの準備、計画をしておく

定年後幸せになる為セカンドキャリアの準備、計画をしておく
今回のテーマは、

定年後幸せになる為セカンド
キャリアの準備、計画をしておく

について紹介します。

前回紹介したドラッカーの主張は

「定年になった途端に抜け殻のように
ならないためにも、

セカンドキャリアへの助走を現役の
うちからしておきなさい」

と言うメッセージに他なりません。

準備を早めにしておかないと

定年が「死刑宣告」のような
不幸な事態にもなりかねません。

まだまだ働きたい人にいとって

定年は強制的に仕事を奪われる
退場処分のようなものです。

そしてこれは人間にとって

逆らえない加齢という
運命の問題もあります。

いずれは第二のキャリアを
誰しもがスタートしなければ行けないのです。

ただ、

それを「職を失う」と
ネガティブに捉えるか、

「新しいキャリアへの出発点」
とポジティブに捉えるかで、

人生は更なる成長を促せ、
幸せになる事もできるのです。

そしてそのために必要なのが
早めの準備である事は言うまでもありません。

「先の事など考えない」

と現実逃避する事は簡単です。

しかし現実から目をそらさずに、
しっかりと準備をしていた人こそ

幸せなセカンドキャリアを送れるのです。

定年後幸せになるためにも
セカンドキャリアの計画、準備をしておく
のが大切です。

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セカンドキャリアを見事幸せにした人物

封建社会のもと、
士農工商などの身分制度があった時代、

仕事は家業を継ぐ意外
選択肢はなく、

一生、一つの仕事に従事する

というのが昔は当たり前です。

そして現在は職業選択の自由があります。

だからこそ、
セカンドキャリアにおいて

第一の仕事と第二の仕事が
畑違いのものであっても

全く構わないのです。

日本人の平均寿命も伸び、
その気になれば誰でも

「一生のうちに二生(職)を生きる」

事ができる時代なのです。

そして、今ほど平均寿命が
長くない時代の日本ですら、

セカンドキャリアを見事
幸せなものにした人物がいます。

それが江戸時代の伊能忠敬です。

地方の篤実な名主だった伊能氏は

人生50年と言われた時代で

50歳で突然、家督を子供に譲り、

江戸に出て20歳も年下の
幕府要人の弟子になり、

西洋暦学や測量術を1から学び始めます。

そして50代半ばから、
70歳を超えるまで日本全土を歩き続け、

遂に日本地図の作製と言う
歴史に残る偉業を成し遂げたのです。

英国海軍が伊能忠敬の作った
一枚の地図の正確さに驚愕し

攻める事を辞めて退却した
と言う逸話が残っていますが、

彼のあまりに壮大な「隠居仕事」ですが、

彼ほど鮮やかで幸せなものでなくても、

私たちは誰でも、意欲と熱意さえあれば、
第一の人生と第二の人生の彩りを
がらりと変えてしまうような

キャリアチェンジが可能な
時代に私たちは生きているのです。

仕事=給料を得る

というだけの考え方では
充実した定年後は送りにくいでしょう。

確かな趣味を持つ
ボランティア活動に打ち込む、

など本業とは別に
セカンドキャリアを持つ事は

生き方を多様にして
確固たるものにしてくれるだけでなく、

それが定年後の幸せの準備、計画になるのです。

ドラッカーが説く、複数のキャリアを持つメリット

もちろん一つのキャリアに
人生を捧げるという生き方も
美徳の一つではあります。

しかし、第二のキャリアを見つける事の
更なるメリットがある事を

ドラッカーは述べています。

「本業で挫折したときに、
第二の仕事が挫折感や失敗から救う
働きをしてくれる」

ということ、

仮に40代の技術者が

日進月歩の技術進展についていけず、
リストラ対象になったとします。

世間一般の常識から言えば、

彼は挫折組と言えるでしょう。

失敗を哀れむかもしれません。

いわゆる「負け組」の苦渋を
彼は味わう事になると考えられるでしょう。

でも実は、、彼は

セカンドキャリアを花開かせるための
プラスαを準備の計画をしていたとしたら、、、

恐らくその挫折感を中和できるでしょう。

そうです。

何事もポイントは準備にあります。

確かに技術者としては
成功できなかったかもしれませんが、

副業のキャリアを積んでいれば
彼は経済的安心をもって、

次のキャリアに望めるでしょうし

ボランティア活動に生きがいを見出し、
社会貢献ができているのであれば、

そこで彼は本業の行き詰まりを
十分に解消でき、

新たな人生に踏み出していけるのです。

複線的なキャリアを持つと言う事は
いわば二本脚で立っているようなものです。

右足が疲れたら、左足に重心を移せるし、

強い逆風のときには
両足をしっかり地に着けて
踏ん張る事もできます。

右足だけでなく、
左足も鍛えておくべきです。

その結果、逆境に強く、
また柔軟に対応していく事ができるのです。

定年後だけでなく、
キャリアのまっただ中でも、

第二のキャリアの種をまき、
芽を育て準備をする事は

幸せな人生を送るための
力強い味方になるのです。

意外と定年後になってから
考えればいい、と考える人は多いですが、

実はそれではかなり遅い
ケースがほとんどです。

キャリアとスキルの力強いスパイラル

セカンドキャリアを計画、準備する上で
注意しておかなければいけない事があります。

キャリアによって人を成長し、
充実した人生を送る事ができますが、

ドラッカーは、この成長には

「内なる成長」「外なる成長」

のふたつがあると言っています。

内なる成長とは

能力やスキルの習得の事です。

外なる成長というのは

人間として器を大きくする事です。

このふたつに偏る事なく、

並行して目指す事が大切なのです。

それには

1.仕事に真剣に取り組む

2.責任ある存在になる

3.自信を持つ

と言う3つのサイクルをスパイラル状に
繰り返す事が重要だと
ドラッカーは述べています。

つまり、

複数のキャリアを持つ事は
力を分散させる事ではありません。

人の二倍学び働くと言う事です。

セカンドキャリアを準備するからと言って、

本業をおろそかにしてはいけません。

後ろ向きの計画、準備ではなく、

我々が目指すのは
前向きの計画、準備なのです。

キャリアを充実させる事は
人生を幸せにする

最も大きな充実を与えるものです。

余計な無意味な事をやり
だらだら過ごすくらいならば、

セカンドキャリアを積みましょう。

それが相互作用で正のスパイラルを生みます。

副業が本業のサポートになり、
本業が副業のサポートになります。

本業でもし上手く行かなくても
バックアップがあれば安心です。

さらに定年後、そのキャリアが
第二の人生を幸せにしてくれるでしょう。

伊能忠敬は18歳で
酒造家の伊能家の婿養子となり

43歳まで働き続け
佐原と言う地区で1、2を争う
お金持ちになりました。

そこから勉強を開始し、

その後、17年間に渡り日本全国の
海岸線を歩き日本地図を完成させました。

江戸時代の人にできて
現代人にできない訳がありません。

早速今日からセカンドキャリアの準備する事を
検討してみてはいかがでしょう?

しっかりとしたプランを持つ対策は
定年後をますます幸せにしてくれるでしょう。

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