インターネットでの情報収集の弊害(体験から学習する重要性)

インターネットでの情報収集の弊害(体験から学習する重要性)
今回のテーマは、

インターネットでの情報収集の弊害
(体験から学習する重要性)

について紹介します。

現在ではインターネットは完全に
普及しており、

生活インフラの一部になっています。

この文章もインターネットが
なければ呼んでもらえないです。

ただ、ここで考えて欲しいのですが、

インターネットでの情報収集は
便利ですが弊害もあります。

勉強と言うのは本を読むだけでなく
体験から学習することが重要です。

ドラッカーも現場を重視し、
体験から得る経験から学ぶ事の
重要性を説いています。

インターネットやスマホなど
情報テクノのギーニやよりすぎると、

それが失われるリスクがあるのです。

インターネットを使えば
確かに知的生産、勉強にとって
絶大な影響を及ぼします。

何しろ勉強、インプットのために
必要な資料を、

配送時間や移動時間ゼロで
入手できますし、

そこに掛かるコストも
インターネット接続費のみ、、
と言う格安です。

一昔前では
考えもつかなかった事ですが、

世界は非常に身近になりました。

つまりメリットが多いのですが、
その分弊害もあるのです。

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インターネット情報収集のアドバンテージ

インターネットでの情報収集は
時間と費用のコストが低いので

これは移動などの無駄な時間をなくせるので

本当にすべき事、大切な事に

より多くの時間を
割り振れる事を意味します。

かなり効率的です。

もちろんこれによって、
勉強の成果が高まるのは
言うまでもありません。

パソコン、そして
インターネットの出現により

求める知識へのアクセスと言うのは
容易になりました、

必要な知識を得るのに
例えば本を読むと考えれば、

これまでは配送時間であったり、

本屋や図書館に行くまでの
移動時間などがかかっていましたが、

それがゼロになります。

このアドバンテージを効率的な

情報のインプットに
活かさない手はないのですが、

タイムマネージメントと同じく、

木を見て森を見ない態度であれば、
大きな落とし穴、弊害があるのも事実です。

むしろ情報化社会のほうが、

情報を上手く取捨選択できる
スキルが必要になったのです。

体験から学習する重要性が
ますます求められているのです。

五感で感じれないネット情報

インターネットの出現で、
必要な情報に簡単にアクセスできる

これは大変メリットのある事ですが、

インターネットに頼り切った
情報収集は問題もあります。

今やデジタル化された書籍も
画面上で閲覧可能です。

しかし手に持った時の
本の重量感や質感と言うのは、

インターネットでは表現できません。

人間には五感というセンサーがあり、
それらをすべて使って理解できると言う事は
確かに存在するのです。

同様の事は仕事における現場を踏む
と言う事にも言えます。

インターネットでは、
あちこちの場所に関する情報が
氾濫しています。

そのため肉体の移動なしに
その場所の疑似体験を出来るようになっていますが、

手に持った本の重量感や質感、
あるいは紙の匂いと言うものを
インターネットでは伝えられないように、

現場から得られる経験には
インターネットだけで生えられないものがあります。

例えば、テレビが
出現したからと言って

舞台や生身の人から味わう
感覚に取り代わる事はありあませんし、

ウォークマンがあるからと言って
コンサートがなくなる訳でもありません。

インターネットの情報では
五感に制限が生じる、

体験から学習する事ができない、

これが学習にとって大きな
弊害となる事もあるのです。

ドラッカーが説く体験から学習する重要性

ドラッカーも現場での体験を
大変重んじていました。

こんなエピソードがあります。

ドラッカーは、ハーバードの
ビジネススクールから二回、

同ケネディ校から二回の計四回

講師としての誘いを受けたと言いますが、
これらをすべて断っています。

「ハーバードからの誘いを4回も断った人間は
ハーバード史上で私が唯一ではないか」

とドラッカー自身が語っていますが、

かなり強烈なエピソードですね。

高い報酬に高い社会的名声
ハーバードの講師と言う地位の誘いを
なぜ断ったのかと言うと、

現場での体験を重視する
体験でしか学べない事がある

と言うドラッカーの信念によります。

というもの、

ハーバードからの誘いには
条件がついており、

月に三日間を超えてコンサルティングの
仕事をしてはならないと言うものでした。

ドラッカーは、

「実務経験なしにマネジメントは教えられない」

とハーバードに反論し、
大学側も条件を緩和しなかったため

結局4度も誘いを断ったと言う事です。

机上の空論だけを述べて
現場での経験がない教授とは

全く違う考え方ですが、

体験から学習する重要性

個人的にはドラッカーのような
タイプから学ぶ方が、

信頼を感じます。

「体験、経験から学習する」事を大切にしよう

このエピソードからドラッカーが
現場での体験をどれだけ重視していたか
よくわかります。

私もインターネットが大好きで
日々その恩恵を受けています。

ネットなしで今の仕事を続けられるか?…

と言うとはなはだ疑問です。

私の仕事の効率を
大幅にあげてくれたのは

間違いありません。

恐らく多くの人も同じだと思います。

しかし、何でもかんでも手っ取り早く
インターネットで調べて、

勉強を完結させようと言うのは、
弊害がある事も理解しておくべきでしょう。

現場での体験を自ら拒否する
とも言えなくないです。

こういった態度が癖になると、
本当は得られていたはずの貴重な経験を

みすみす取り逃がすと言う事も出てきます。

この事は強く肝に銘じておくべきでしょう。

私の周りのビジネスで
結果を出している人は、

インターネット出現の初期段階では

こうした情報をうまく使い
ビジネスに応用していましたが、

今では全くネットで情報収集せず、
もっぱら直々に人に会い情報収集に
励んでいる人の方が成功しています。

情報と言うものはあれば
あるほど良い分けではなく、

その取り扱い方で変わってくるのです。

彼らは口を揃えて

「体験、経験から学習する」

事の重要性を説いています。

インターネットを捨て町に出ましょう

ドラッカーの著書
『ネクスト・ソサエティ』の中に

コンピューターを産業革命の発端となった
蒸気機関と対比している記述があります。

蒸気機関は17世紀半ばに発明され、

40年ほど経てから産業用に
利用されるようになりました。

これによって工業生産力が
飛躍的に伸び、

産業革命推進の強力なエンジンになります。

そして19世紀になり
蒸気機関は移動手段として利用され、

世界の距離が急速に縮まり、
人間の世界観も一変します。

一方でコンピューターは
1946年頃出現したと言われます。

そして40年ほどかけて世界に広がり、
人間の世界観を大きく変えました。

インターネットの出現によって
私たちは必要な情報を見つけ出せる
可能性が格段に高くなりました。

ものの動きに境界が少なくなりました。

また意思伝達のスピードが
劇的に向上しました。

蒸気機関車による工業化で
環境汚染が進むなど弊害があったように

インターネットでの情報収集にも
弊害が生まれるようになったのです。

意外な発見や大切な情報は、

むしろ現場に落ちているのかもしれません。

そしてその発見が今の勉強に役立ち、
アララな勉強テーマに結びついたりするでしょう。

体験から学習する重要性は
昔から変わらないのです。

つまり現場を踏むと言う事は
より大きなアウトプットの可能性を
広げる事に他ならないのです。

特に成果を出すための社会人の
勉強にとってこれは大切です。

「コンピューターを捨てよ!」とまで
口が裂けても言えませんが、

時にはインターネットを捨てて町に出る。

そして現場を踏む、

そこにはきっと新しい発見があるでしょう。

P.S.

「パソコンを閉じて町で学べ」

…という、この話しを
10代の親戚に話したら、

実際にパソコンを閉じて、
スマホを触りながら町に出ていました。。

ある意味、彼の柔軟性と、
今後のテクノロジーの進化を
期待する出来事でした。

ただ、アナログのメリットは
いつまで経っても消えません。

そのアドバンテージを活かして、
ぜひ参考にして欲しいと思います。

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