日本の不動産王、森ビル・森稔に学ぶビル開発、都市計画の極意

日本の不動産王、森ビル・森稔に学ぶビル開発、都市計画の極意
今回のテーマは、

日本の不動産王、森ビル・森稔に
学ぶビル開発、都市計画の極意

について紹介します。

六本木ヒルズやラフォーレ原宿
表参道ヒルズなど

東京の都市開発を勧めた

森ビルグループの実質上の創業者、

1934年に京都府に生まれた
森稔(もりみのる)さん

都市に人、金、物、情報が
集まることを「磁力」と彼は呼びます。

世界の都市間競争を制すため
いかに東京の磁力を高めるか…

その為に人生を捧げた森さん

日本有数の不動産王である
彼から学べることは多そうですね。

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小説家を目指していた学生時代

森稔さんが、大学教授であったお父さんが
始めた「森不動産」の仕事を始めたのは
学生時代、

当時小説家を目指していた
森稔さんは、

日本の近代化を目指す時代と重なり、
日本の発展に貢献できる貸しビル業の
面白さに取りつかれていき、

ビル開発にいそしんだそうですが、

その頃の仕事は「小説の題材集め」
という気持ちもあったそうです。

1959年、大学を退官した父の、
「より近代化したい」という思いもあり、

森ビル株式会社を設立します。

そうして、原稿用紙につづる
虚構の世界ではなく、

現実の生きた町に夢を描く仕事に
本格的に参入して言ったそうです。

森親子と森ビル・ビル開発

森ビルは父泰吉郎、次男稔の
共同で創業したようなものです。

もともと森家はも明治時代
からのお金持ち裕福な家庭で

泰吉郎が小学生の頃、

学校の校長の月給が55円の時代、

毎月800円ほど
土地からの賃貸収入があったそうです。

その後太平洋戦争の大空襲で
東京は焼け野原、

100件ほどあった森家の貸家は
全て消失しますが、

土地は残ります。

その頃から「ビルを建てたい」
と焼け野原となった東京を見ながら
泰吉郎は思います。

泰吉郎は大学教授をしながら
経営学の知識を活用し、

人絹相場でお金を儲け、

虎ノ門の土地を買い込み、
2000坪の土地を所有します。

1955年父の土地を相続し、
森不動産を設立、

二年後に虎ノ門の交差点近くに

西新橋1森ビル、西新橋2森ビル

を完成させます。

業務部長の名刺を持って
森ビルの建設に最初から
携わったのが、

東京大学に在学中だった森稔さん

そして、横浜市立大学で部長を
務めていて泰吉郎に対して、

学内から「ビジネスばかりでけしからん」
と非難の声が上がり、

「そう言うつまらんことを言うのか」

と、立腹した大学を辞めたのが
1959年、

そして親子で森ビル株式会社を設立します。

日本の不動産王、世界一の資産家へ

森ビルは次々に都市開発を進め、
1986年には17年の歳月を擁し

当時では日本最大級の複合ビル
虎ノ門アークヒルズを完成、

東京のど真ん中に、住居と文化生活と
ビジネスを兼ね備えた街を作り出します。

1991年、1992年には
日本のバブル経済も相まって、

稔さんの父、泰吉郎さんの総資産は
約2兆7,000億円となり、

アメリカの経済誌フォーブスの
世界長者番付
で一位に名を連ねます。

泰吉郎さんは森ビルの株式を
4人の子供に均等に分け資産を保有する
体制を早くから整えていましたが、

1993年に泰吉郎さんが死去すると、

兄弟内での思想の溝が広がり、
森ビルグループは分裂していきます。

しかし、その後も森稔さんは、
ビル開発、都市計画の事業を進め、

六本木ヒルズ、表参道ヒルズの
運営などをすすめ

「森ビル」の名は
今でも東京を代表する、
スポットとして知られています。

森泰吉郎、森稔さんの座右の銘

不動産業者の多くは、
バブルに浮かれ土地を買い漁ったり、

利益目的に売買を繰り返すだけです。

しかし狩られは余計な土地を
買う事は一歳なかったそうです。

森泰吉郎さんの不動産デベロッパー
としての使命は

「良いビルを建て、美しい
町並み空間を作る事」

でした。

まず儲けようとはせず、
良い計画を建ていい建物を建てれば、

社会に必ず受け入れられ、
結果として儲かるのが基本と言う
考え方でした。

敬虔なクリスチャンであった
泰吉郎さんの座右の銘は、

聖書ローマ人への手紙から

「然のみならず、患難をも喜ぶ。

そは患難は忍耐を生じ、
忍耐は練達を生じ、
練達は希望を生ずと知ればなり」

この一節をアークヒルズの
中庭の石碑にも刻み込まれています。

大きなプロジェクトをする度に
「希望は必ず叶えられる」
と言うフレーズが頭に浮かんだ事でしょう。

ちなみにアークヒルズの
アークはARK方舟の事です。

息子である森稔さんの座右の銘は

武者小路実篤の言葉

「龍になれ、雲、おのずから集まる」

つまり、高い志があれば、
色々な所から思いがけない
協力者や賛同者が表れると言う事、

彼の仕事は、賛同者がいる半面、

たくさんの反対意見や、異なる意見と
ぶつかる宿命にありました。

特に日本人の持つ土地信仰と
立ち向かいながら土地開発を進めてきた
彼を支えた言葉は、

志の高いビジョンと
それを支える明るい未来への信念

自分の欲のためでなく、
その思いをコミュニケーションする
スキルが高かったからこそ、

多くの実績を残せたのでしょう。

日本の不動産王、森ビル・森親子に
ビル開発、都市計画の極意を学ぶことができます。

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