レオナルド・ダ・ヴィンチの天才的な両脳学習法、万能になる方法


今回のテーマは、

レオナルド・ダ・ヴィンチの天才的な
両脳学習法、万能になる方法

について紹介します。

モナリザを始め現代人、日本人にも
大きな影響を与える人物、

1452〜1519年に

イラリアルネサンス期を
代表する万能の人、

レオナルド・ダ・ヴィンチは

左右の両脳の活動が十分に連動した
天才の例として良く言われますね。

ダ・ヴィンチは芸術家としてまた数学者として、

少なくとも6つの分野における科学者として
飛び抜けた才能を発揮した人です。

当時のフィレンツェ共和国の
ヴィンチ村に生まれた彼の名は

「ヴィンチ村のレオナルド」

母親はカテリーナという女性
と言われていますが、

レオナルドを生むと家を追われています。

実母に育てられないと言う
子供というのは、

歴史上で珍しい事ではないですが、

レオナルドにとっては

母親との交流が希薄なまま
成長した事が、

彼の人生に大きく影響を
与えたのかもしれません。

そんな彼の脳の特徴を探ることは

我々が万能になる方法を
探るヒントが掴めるかもしれません。

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両手で自在に絵を描く天才

多くの芸術作品や、

膨大な量のメモやスケッチ
を残したとされるダ・ヴィンチですが、

彼の天才性を表す
特徴としてダ・ヴィンチは

左右両手で同時に物事を
書くことができたとも言われています。

これは左脳と右脳を
上手く連携して働かせる、

万能になる方法としての
特異な習慣だったかも知れません。

同じく、画家の
エドウィン・ランドシーアは
Edwin Henry Landseer

ダ・ヴィンチと同じような能力を持ち、
左右両方の手で絵を描くことができました。

エドウィン・ランドシーア
ランドシーアの作品、トラファルガー広場のライオン

ロンドンのトラファルガー広場にある
ライオン像の彫刻家として有名な彼ですが、

彼の両手で同時に絵を描くパフォーマンスは
パーティーの余興などで大ウケだったそうです。

一方の手で馬を描きながら
同時に逆の手で鹿の絵を描けたそうです。

見事に動物の作品を作りだす、

特に犬の絵をかかせたら
右に出る者はいないと言われていた
ランドシーアですが、

若いころ彼の才能に気づいた師匠は、
彼に動物の骨格を理解する為に
解剖をすることを勧めたそうです。

この解剖学を修めた点も
ダ・ヴィンチ共通する点で興味深いです。

恐らく、エドウィン・ランドシーアも
右脳と左脳の両脳をうまく使っていた
稀有な人物だったのではないでしょうか。

ランドーシーアの作品↓

両脳をうまく使うと誰でも才能は開花する

人間の脳には
右脳と左脳がある事は、

誰でも知っている事でしょう。

ただ、左右両脳は、決して
厳密な境界線があるわけではなく、

両半球の関わり合ってその上で、
思考の多くが成立しているということです。

ただ、両脳の役割がそれぞれ専門化している
というのが科学者の見解であり、

たとえば、
事故で会話のできなくなった(左脳の損傷)人でも
歌は唄う事が出来たという例もあります。

人体はかなり奥深く興味深いですね。

そして、その両方の脳をうまく使った天才たち、

その代表例がダ・ヴィンチです。

両手で絵を描いたり、
メモの文字は鏡文字で書いたなど

興味深い特性を備えています。

しかし彼らと私たちの差はほんの
些細な差にあるかもしれないのです。

脳を上手く使いこなせれば、
我々もダヴィンチ並みの

万能に何事もこなせる
天才に近づいて行くのかもしれません。

現代に生きる両手使いの画家:
Thijme Termaat

万能の人レオナルド・ダ・ヴィンチ

両脳使いのダ・ヴィンチは

なぜ様々な分野で突出した
才能を発揮できたのでしょうか?

レオナルド・ダ・ヴィンチは
当時の芸術家としては珍しく

文字を書き残す、メモ魔の習慣を持っていました。

彼は紙片やノートをいつも持ち歩き、

日記のような所感や研究についての
アイデア、考察、スケッチなどを書きつづっています。

一番古いもので1487年のものと考えられていて
それ以降、1519年に彼が亡くなるまで
膨大な量を書き残しています。

こうした日々の思索や考察の記録が
ダ・ヴィンチの「手稿」であり、

その内容を見ると

科学技術から土木工学、建築、解剖学、
天文学、地質学、動物学、植物学
音楽、幾何学、彫刻、絵画論、都市計画

などあらゆる分野に分かります。

こうした天才的な偉業から

彼はよく

「万能人(ウォーモ・ウニヴェルサーレ)」

と名称されます。

しかしこの正確な意味というのは

「天才」という意味ではなく、

「他分野で同時に活躍した人」

という意味であって、

特にルネッサンス期では
現在ほど分野の細分化は進んでおらず

彼ら自身も自分たちが
異なる分野にまたがって活躍している
という自覚もなかったのでしょう。

だからこそダ・ヴィンチのような
好奇心の広い人にはうってつけの
時代だったのでしょう。

歳をとってもいつまでも若い脳を
持つ人の特徴として、

生きがいがあると良く言われます。

好奇心があれば脳が活性化するのは
間違いない事です。

万能になる方法と脳のカラクリ

そしてあまり語られる事はないのですが、

ダ・ヴィンチにも多くの
知能的欠点があったそうです。

例えば、

彼は無口で弁論の術に欠け、
外国語の習得に至っては

他人より遥かに劣っていたそうです。

彼は生涯にわたり
非常に激しく居住地の
移動を繰り返しましたが、

生まれ故郷のフィレンツェの
言葉以外をほぼ話さず

一生を終えたと言います。

それも性格的に溶け込
まないのではなく、

言葉が取得できず
溶け込めなかったとの事、

そうした言語コンプレックス
のメモをいくつか残しているようです。

しかし、これが要因で、
膨大なメモを取り続けた
とも言えるのです。

他人と上手く交流できないからこそ、

自問自答を形の残そうと
メモをする習慣が身に付いたのです。

また、万能の天才レオナルドは
暗算がまったく出来なかった
という話しもあります。

現在日本の教育機関では

子供の「読み書き計算能力」
の低下を取り上げて、

「学力低下」を叫んでいますが、

アインシュタインも、
レオナルド・ダ・ヴィンチも

計算や読み書きが不意自由であり、
大の苦手だったのです。

それでも彼らの能力の開花に
まったく妨げとはならなかったのです。

万能になる方法と
脳の使い方と言う面において、

非常に注目に値する逸話です。

ダ・ヴィンチの脳のからくりを明かす

そんなダ・ヴィンチの手稿には

ダ・ヴィンチは1枚のページに1テーマではなく、
気の向くままに様々な絵や文章が書きこんでいました。

そのため、まったく関係のない複数の
テーマが並んで記述されている事も
珍しくありません。

また、レオナルド・ダ・ヴィンチは
テキストのほとんどを鏡面文字で記した事も有名です。

これは鏡に映さなければ読めない文字で
鏡文字、反転文字とも呼ばれます。

ダ・ヴィンチがなぜ鏡面文字を使ったのか・・

左利きで書きやすかった、、
研究の秘密を知られないため、、
そのまま印刷の版となるから、、

など諸説ありますが、

学習効率を高める、脳機能を高める
と言う点においても興味深い特徴ですね。

なおダ・ヴィンチの手稿は、

彼の死後、遺言によりその大半は
弟子のメルツィに引き取られました。

しかしメルツィの死後、それらは
色々な変遷をたどって
ヨーロッパ中に散逸してしまいます。

現在はおよそ8000枚が現存し
世界各地で保存されていますが、

それ以上の手稿が失われたと推測されており、
非常に残念ですね。

それらの手稿が残っていたならば、

さらにダ・ヴィンチの脳のからくりが
解明できたかもしれません。

時代を超えてもまだ我々に影響を
多くの謎を残す人物、

レオナルド・ダ・ヴィンチ

彼の天才的な脳の使い方は
現代人にも大いに参考になるでしょう。

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